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黄金のトランペット

今朝、バルセロナのシンボル、
モンセラ・カヴァリエが病院で亡くなりました。
享年85歳でした。柔軟性のある、
温かみのある声のソプラノ歌手でした。
日本にも来ましたね。
古き良き時代のステッラ(星)がまた、1つ消えました。

「黄金のトランペット」というのは、
ベッラさんのマエストロ、マリオ・デル・モナコの
ニックネームです。
今朝、読ませていただいたバーソさんのブログで
ラッパについて書いてらしたので、
咄嗟に私はデル・モナコを思い浮かべました。
ラッパ(アイーダ・トランペット)と共に凱旋入場する
ラダメスです。
声もトランペットですが、ラダメスも素晴らしかった。

Mario Del Monaco in Aida Tokyo 1961 "Celeste Aida"
 アリア; 天上のアイーダ 日本公演から
 日本のオケとの共演でしょう、よく我慢して歌ったね。
 動画で聴いても声の輝かしさが伝わります。

Mario del Monaco, Monserrat Caballe, Renata Tebaldi and Aldo Protti.
 アンドレア・シェニエ
 モンセラ・カヴァリエ レナータ・テバルディ マリオ・デル・モナコの共演で

また、書き足していくと思います。

San Francesco 聖フランチェスコ


ヘルマン・ヘッセの「フランチェスコ」から
San Francesco la Natura e Hesse .wmv

フランチェスコはキリストの眼差しを悟り、
万象の深淵を一途に探った。
風の中で様々に変化する木々の葉擦れの音、
泡立てて流れる小川のせせらぎ、
森の中を流れる静かな川の音を聞き
それは神の言葉だと感じ取った。

私はその言葉に同感するために、
いつもこの上ない熱心さと戦慄とで、
起き伏しの違いと変化を聞き取った。
人々が彼の本源に近づき、安らぎ、
そして幼子のような純粋さで
他の人にも感動を贈ることが出来るような
詩を、いつの日か詠いたい。
全ての事がらを愛し、
無関心と不届きな目では決して見ない習わしを
詠った詩を。

その時には生きていることの
最上の喜びが私のものとなる。
           ヘルマン・ヘッセ


よろしかったら動画をご覧ください。
サンフランチェスコの続きを書きたいのですが、
明日になるかもしれません。

ベッラさん、
コメントをどうも有り難うございます。
ご返事、明日になってしまいます。

10月5日
サン・フランチェスコは本名が、ちと長い。
(ジョヴァンニ・ディ・ピエトロ・ディ・ベルナルドーネ)
1181、2年、アッシジの裕福な商人の家に生まれました。
幼少の頃より騎士に憧れて目指していました。
きっかけは定かではないのですが、
弱者、病人、殊にハンセン氏病(ライ病)患者に
同情を寄せ、その同情心は日増しに高まり、
隣人への「愛の火熱」となりました。

ハンセン氏病というのは当時、蔓延していた悪疫で、
松本清張の「砂の器」もこの病気がもととなって生じた
事件ですね。

もとい、キリストの教えに尋常でない感銘を受けたフランチェスコは
弱者の味方となり、自らPoverello(貧しき者)となって
仲間を集め、ローマのパパ(法王)の認可を得、
Francescana(フランシスコ派)を発足します。
始めは、乞食集団の輩がやって来た、と
歯牙にもかけなかったバチカンの金持ち法王と司教らは、
しかし、フランチェスコの真のキリスト教観に打たれ、
フランチェスコ宗団を承諾します。
この辺りが、数あるフランチェスコのドラマ、フィルムの
圧巻場面なわけです。

亡くなったのは1226年、聖アントニオや聖ドメニコと
中世の同期です。
この頃、不思議なことに、符節を合わせたかのように、
日本でも仏教が全盛期の時代でした。
源平合戦の末に鎌倉時代に突入、
12、13世紀には法然上人、親鸞聖人、一遍、栄西、
日蓮聖人、道元禅師などが生まれ、それぞれの
宗派を創って代表となる書を著わしています。
親鸞聖人の場合は、本人口頭、弟子が書いたのですが。

ついでに、ジンギス・ハーンがモンゴルを建国したのも
この頃です。

1200年前後、彼らは東西、随分と離れた所で、
同じような仕事をしていたのですね。

Dolce Sentire (Fratello Sole, Sorella Luna) - Omaggio a San Francesco D'Assisi
 太陽は兄弟 月は姉妹












こんにちは。

何度かブログ更新のご要望をいただきまして
申し訳ありませんでした。
仕事に明け暮れておりまして、
時間を割けずにおりました。

10月4日の「聖フランチェスコの日」をお待ちください。

その前に壷井栄の「二十四の瞳」を
エントリーにしたかったのですが、
こちらはその後といたします。
この作品は青空文庫でもお読みになれます。

暫し(しばし)ご容赦を。

暫し音楽をお楽しみください。
ベートーヴェンのロマンスヘ長調です。
https://www.youtube.com/watch?v=ecOKWQRI_0A

智恵子抄

尾崎喜八という音楽好きの詩人が、
「高村光太郎と智恵子の間に音楽があったら、
智恵子は苦しむことはなかっただろう」
エッセイの中で言っています。
智恵子は音楽が大層好きだったのかどうかは
知りませんが、ベートーヴェンの第6番「パストラーレ」に
聴き入っていたと、光太郎は書いています。

画家の智恵子は精神分裂症(今で言う統合失調症)に
罹患し、結核(の一種)で亡くなりました。
それは繊細さばかりでなく、先祖様からいただいたDNAにも
依るのではないでしょうか。

カテゴリー庭球(テニス) としたのは、
智恵子さんは学生の頃に、平塚らいちょうと同学年で
一緒にテニスをしたのだそうです。
「青鞜」、与謝野晶子も寄稿していた、
平塚らいちょうが創始、結成者の1人として活躍しました、
文芸女性誌ですが、その創刊号の表紙を描いたのは
智恵子です。

青鞜

ギリシャ風というのかアジア風というのか、素敵ですね。

落ち込んでいた光太郎の前に聖マリアの如く現れた智恵子、
2人は同棲から結婚へ、
主婦と芸術家の狭間で苦悩し、
とうとう統合失調症に罹って入院することになりました。

青空文庫からコピペしました、
高村光太郎「智恵子抄」から2編の詩を

あなたはだんだんきれいになる

 をんなが附属品をだんだん棄てると
 どうしてこんなにきれいになるのか。
 年で洗はれたあなたのからだは
 無辺際を飛ぶ天の金属。
 見えも外聞もてんで歯のたたない
 中身ばかりの清冽せいれつな生きものが
 生きて動いてさつさつと意慾する。
 をんながをんなを取りもどすのは
 かうした世紀の修業によるのか。
 あなたが黙つて立つてゐると
 まことに神の造りしものだ。
 時時内心おどろくほど
 あなたはだんだんきれいになる。
    昭和二・一


梅酒

 死んだ智恵子が造つておいた瓶の梅酒(うめしゆ)は
 十年の重みにどんより澱(よど)んで光を葆(つつ)み、
 いま琥珀(こはく)の杯に凝つて玉のやうだ。
 ひとりで早春の夜ふけの寒いとき、
 これをあがつてくださいと、
 おのれの死後に遺していつた人を思ふ。
 おのれのあたまの壊れる不安に脅かされ、
 もうぢき駄目になると思ふ悲に
 智恵子は身のまはりの始末をした。
 七年の狂気は死んで終つた。
 厨(くりや)に見つけたこの梅酒の芳(かを)りある甘さを
 わたしはしづかにしづかに味はふ。
 狂瀾怒濤(きようらんどとう)の世界の叫も
 この一瞬を犯しがたい。
 あはれな一個の生命を正視する時、
 世界はただこれを遠巻にする。
 夜風も絶えた。
    昭和一五・三


人間、力関係で出来ているといいますが、
与謝野晶子は、デンツク亭主だったから、
そのお蔭で張り切ることが出来たのではないですか。

智恵子と光太郎には力関係を感じません。
光太郎の中で智恵子が浄化されたとも思えません。
ただ、「智恵子抄」なくしては、
智恵子への想いなしでは、お2人の名前は
私にはそれほど印象深いものではないです。



やは肌の

バーソさんがマスネのオペラ「タイース」の
「黙想」meditazioneを紹介しながら
タイース・エントリーをお書きになったので、
私はオペラの粗筋と共に動画をリンクしようと
思っただけなのですが、

ふと、晩年にカトリックの洗礼を受けた与謝野晶子のことが
頭をよぎりました。
やは肌の、は、あつき血汐にふれも見でさびしからずや道を説く君、
と続きます。
この歌を初めて知った時に、相手は誰か分かりませんが、
キリスト教信徒への歌だと感じました。

与謝野鉄幹、河野鉄南(和尚さん) 2人ともお寺の息子さんでした、が、
鉄幹なぞは仏教の禁欲主義とはほど遠い
(もっとも仏教はキリスト教ほど禁欲的ではないでしょう)
教師をしていた折に何度も教え子と恋に落ちて
(恋に落ちるというより、やりたくなって、の方が当たっている気がするけど)
教え子だった妻を追い出して晶子と結婚するという
不倫、不道徳、醜聞で、晶子は押しかけ女房なわけですが、
私には晶子の真似はできません。
それにはそれで事情が色々とあったのでしょう。
鉄幹は結構いい男でモテたのでしょうね。
晶子の眼鏡に適うぐらいだから。

「やは肌」がどうしてクリスチャンへの歌と思ったかと申しますと
「道を説く君」、この言葉から連想する君というのは
牧師さんか神父さん、あるいは熱心なキリスト教徒です。

大胆で華麗な晶子の女性の恋の歌の中には
聖書、羊などという言葉が出て来ます。

「みだれ髪」から、
淵の水になげし聖書を又もひろひ
  空仰ぎ泣くわれまどひの子

 考えさせられる歌ですが、
 「やわ肌」の方が日本人受けするのかもしれません。

聖書だく子人の御親の墓に伏して
  弥勒の名をば夕に喚びぬ

 これは仏教とキリスト教の狭間に立った苦悩で
 私には深い歌に思われますが。

水に飢ゑて森をさまよふ小羊の
  そのまなざしに似たらずや君

何となきただ一ひらの雲に見ぬ
  みちびきさとし聖歌のにほひ

といった聖書、賛美歌に関する歌から、
晶子には公には知られないクリスチャンの恋人
(恐らく片想い)の想い人)がいたのではないでしょうか。

鉄幹の晶子への嫉妬も許容して支援し、
12人とも13人とも言われる子供を育て、
亡くなる間際に子供に「私は幸せだった、
何故ならこの世であなた達に会えたのだから」

という言葉を残した彼女は
天晴なお母さんでもありました。





プロフィール

Author:ミルティリおばさん
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イタリアに住むこと30と数年、
猫と2人暮らしのおばさんです。
翻訳フリーランサーです。
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英語とドイツ語はネイティブ翻訳者との
コラボです。

2011年来、若かりし頃のジャッキー・チェンに夢中です!
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