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ランデブー

名は体を表わすと言いますが、
文章は人間を表わす、と認識しておりますので
ブログを読んでいますと、大方どのようなお人か
察しはつきます。
ブロガーの知識、感性、お人柄を知ることが
私の目的で、関心事でありますので、
オフ会なるものには私は興味はないです。

然り乍ら、気になる事が一つ。
リンクしております人気ブログの
「わがまま親父の独り言, カナダで生きてます。」
ブロガーのカナダ殿は只今、ブログを休止中。

同じく大変人気のあるブログ「BBの談話室」のBBさんと
忍び逢い、ではなく公デートをなさいましたが、
それ以後、更新が途絶えています。
更新なさらないようですね。

BBさんはお元気で相変わらず人気の高いブログを
保持してらっしゃいますが、
公にカナダ殿にお力づけなさらないのか、
励まされないのか、と余計なことですが心配しております。
お二人は靖国神社で時めきのデートをなさったのでしょう?

男性の連帯感なるものには素晴らしく(オソロシク)甚大なものを
感じる時がありますが、
男女の間というのは意外にさっぱりとしているのかもしれません。

カナダ殿、ブログをお続けください、
ということを申し上げたかったわけです。
待っておりますよ。

今回は「ルチア」のアリアを日本語版で書きたかったのです。
イタリアというのは、音楽よりも詩が優っている国だと思いますので
(怒られるかもしれませんが)
ルチアの初めのアリアを訳してみたかったのです。
次回に。

最近、私が好きな曲。
チェリッシュ てんとう虫のサンバ (1990)




ランメルムーアのルチア

「ルチア」を作曲したドニゼッティは、
ロッシーニの後継者、ベッリーニと同時期に活躍した人です。
右手左手にペンを持って2つのオペラを同時に作曲したそうな。
言うにこと欠いて
「作曲は簡単なんだ、舞台稽古が時間がかかる」
さすが9日間で「セビリャの理髪師」を書いたロッシーニの
後継者ですね。

ドニゼッティ(1797~1848)、中期の作品です。
原作はウォルター・スコットの「ランメルムーアの花嫁」
イタリア語で歌われますがスコットランドの物語です。
物語としましたが、事実を基に作りました。
好きではない人と結婚させられた花嫁が花婿を刺した事件が
スコットランドで起こり、それをスコットが小説化しました。

「ラマムーアのルーシー」は、
「ロミオとジュリエット」のように敵対するする二家の、
世継ぎ間の悲恋です。

幕が上がって間もなく、エンリーコ(ルチアの兄)と
ライモンド(ルチアの指南番、教育者)との二重唱の後に、
エドガルドと逢引するため、ルチアがお供のアリーサを連れて登場し、
美しいカヴァティーナを歌います。

Anna Netrebko - Regnava nel silenzio de Lucia di Lammermoor
 動画ですと音色がちょっとあれですけれど、
 よく肥えたルチアの声はころがしと高音域が素晴らしい。
 初めての恋への時めきと逢瀬の喜びに溢れています、ね。
 アリーサに窘められつつも、「彼は私の光なのです」と
 歌う、ルチアという彼女の名は光(生気)です。

Eccola! (la scena della pazzia) - Lucia di Lammermoor - Mariella Devia
 Scena della pazzia  ルチアの狂乱の場です。
 このルチアは覚めたルチアですが、それなりに美味い。
 イタリア・オペラは声の芸術です。
 ルチアは声は軽い(レッジェーラ)ですが至難のアリアの1つです。
 歴代のコロリトゥーラが歌っていますが
 役柄は声柄ゆえ狭められてしまいます。
 マリア・カラスは例外です、あのお人は根性で
 何でも歌ったから。

Mariella Devia - Il dolce suono - Spargi d'amaro pianto - Lucia di Lammermoor - 1987
 狂乱の場の全曲です。この後、ルチアは登場しません。

Dame Joan Sutherland & Luciano Pavarotti. Duo. Lucia di Lammemoor.
 ルチアとエドガルドが人目を忍んでの逢瀬で歌う愛の二重唱です。


和田アキ子 宝塚歌劇団 愛の賛歌
 ルチアとは全く関係がないのですが
 こいなのを見つけました。
 こちらも愛の二重唱ということになりますか、
 和田アキ子さんが越路吹雪風に(真似て)歌っています。
 素敵な舞台です。
  

びっくり時計とコーヒースキャット

バーソさんがハイドンの「びっくり交響曲」について
コメント欄でお話しなさっていたので、いただきます。
フランツ・ヨーゼフ・ハイドン(1732~1809)
パパ・ハイドン、あるいは交響曲の父なんて呼ばれている
オーストリアの作曲家です。
交響曲94番「驚愕」、第二楽章は
居眠りしながら聴いている貴族たちを驚かすために作曲しました。
ビックリしたってください。

F J Haydn Sinfonía Nº 94 Sinfonía sorpresa director Temirkanov

同じくハイドンのシンフォニー101番「時計」から第二楽章です。
これはちょっと有名かな。

Haydn - Sinfonia 101 "L'orologio" - "Andante"

ハイドンはベートーヴェンがウィーンに
到着したばかりの頃の師匠でした。
あまりお金を持っていないベートーヴェンでしたが、
ハイドンに会う時にはいつもコーヒーを
ご馳走していたのだそうです。
べ-ト―ヴェンは苦悩を苦悩のままに作曲しましたが、
ハイドン、モーツァルトは生活苦(人生苦)なぞどこ吹く風の、
快活で晴朗とした音楽ですね。

私のネコはベートーヴェンという名です。
美しい猫です(バカの身自慢タークラタ―の飼い猫誉め)

続いてアマチュア無線局bhf0hjさんからいただきました、
由紀さおりさんの「夜明けのスキャット」です。

由紀さおり 『夜明けのスキャット』 (2009) 416.584 visualizzazioni 667

コーヒーが似合う曲ですね。
昔の歌手は上手なかたが多かったでしたね。
おばさん、今の歌手を知りませんのですが。

現在時刻 9月2日(土)PM18時30分
天候 雷雨後晴れ  室外温度20°C  湿度 現在40%

隅田川 カーリュー・リバー

イギリスの作曲家ベンジャミン・ブリテン(1913~1976)は
1956年に来日し「隅田川」を観ました。
能「隅田川」に甚く(いたく)感動したブリテン男爵は
「隅田川」を基にしてオペラ「カーリュー・リバー」を
作曲しました。
教会オペラとして作り、出演者すべて男声、
狂女役はテノールです。

修道士たちが先ず登場し、グレゴリウス聖歌を歌い、
彼らが衣替えして「隅田川、カーリュー・リバー」の
登場人物の役割をします。
棒(櫂)を持っているのは渡し守でバリトンです。
英語字幕が出ますので、観ていてお分かりになると思います。
最後にまた修道士の衣に戻りグレゴリウス聖歌を歌います。

Curlew River - Benjamin Britten - (Eng-Subs)

ものぐるひ 物狂い

アルカンジェロ・コレッリ(1653~1713)の作品から
「Follia 狂気」です。直訳すれば狂気 錯乱になりますが
Folliaはバロック音楽の1つの形式です。
能書きを垂れますと、コレッリはヴィヴァルディのように
ヴァイオリニストでヴィヴァルディにも、またバッハにも
影響を及ぼしました。
Corelli : La Follia

時代が下って、イタリア・オペラに時々気が違った
錯乱した主人公が現れます。
ベッリーニにも現れますが、有名どころはドニゼッティの
「ランメルムーアのルチア」でしょう。
狂乱の場がないと、このオペラは見どころが半減してしまいます。

ルチアは本当に狂ってしまいますが、
日本の能に現れる男物狂い女物狂いは
本当に狂ってしまったわけではない。

「つれづれなるままに日ぐらし硯に向かいて心にうつりゆくよしなしごとを、
そこはかとなく書きつくれば、あやしうこそ物狂ほしけれ」
吉田兼好(1200年代末)の作品(と言われる)「徒然草」序段です。
暇に任せて一日中硯に向かってしょうもない事を考え、特にこれといって
書きたいこともないまま書いているうちに物狂おしく夢中になって書きまくります。

こんな訳しでいいですか?しかし、この場合の物狂いは解るような
解らないような。
物狂おしく書き綴っていて佳い作品が出来上がったのだからそれでいいですね。

在原業平(ありわらのなりひら825~880)
「昔男ありけり」で始まる伊勢物語の主人公が恐らく在原業平であった
と言われます。彼は歌に優れた美男子であったそうな。
「昔イケメンありけり」

このかたの歌
「名にし負はば、いざ言問わん都鳥、わが思う人はありやなしやと」

東国の隅田川にやって来て京を懐かしんでいます。
(今なら2時間ですけれども昔は何日何か月とかかりましたでしょう)
隅田川を渡ろうとした時に、京では見かけない鳥が河原で遊んでいる。
渡し守に「あれ、何ていう鳥なの?」と聞けば「これは都鳥ですよ」
「それなら都鳥さんに尋ねてみよう、私の恋しい人は元気なのかな?」

室町時代の観世元雅の能曲「隅田川」は、この歌が1つの要となっています。
梅若丸という当年12になる我が子をさらわれた
(この時代も誘拐はあったのですね。
しかし身代金を要求したわけでもないのですね)
母親が東国に息子らしき子供がいると噂を聞き、
隅田川のほとりまで遠く訪ねて来たのでした。

このお話はご存知かもしれませぬ。
合い済みませんが、また明日・・・

つづき;
隅田川の乗船場です。
何とはなく人だかりがして騒がしい。
物見高い渡し守さんは「何じゃ、何じゃ?」
都からやって来た狂女と聞き、「それじゃ舟に乗るのを
待っていてやろう。しかし狂ったところを見せなければ、
狂女であることを明かさなければ舟には乗せぬ」と、
意地悪いのねえ。
狂っているのを見せろって、それじゃあ本物の狂女ではないでしょう。

「伊勢物語に登場する渡し守のように、すんなりとは
舟に乗せてはくれないのか」と狂女は嘆き
「名にし負わばいざ事問わん都鳥 我が思い人はありやなしやと」
と歌います。それで意地悪渡し守は, 大した才女だと
狂女を舟に乗せて上げます。
折しも対岸では法要が行われ、大念仏が上げられるところです。

大詰め;
渡し守が話すには一年前の今日、亡くなった男の子の供養なのだとか。
話を聞けば男の子の名は梅若丸、北白川出身で父は吉田の姓。
人買いに連れられてここまで来たが
身体が弱り道端に捨てられて息を引き取ってしまった。
「都が恋しいから都の人々の行き交うこの道端に埋めてください」
そう言い残したまま。

「ええーっ!その子の母はこの私、何としたこと」と泣き崩れます。
渡し守に連れられて亡き子の塚へと赴きますが、
その時に梅若丸の姿が現れます(現れない場合もあります)
「愛し児よ!」と抱き締めたのは塚の草だった。

「隅田川」は能楽における一番の悲劇なのだそうです。
男性が演じるには難しいような気もいたしますが。

失った吾が子を狂おしいほどに一途に思い、
尋常ではない精神状態から狂女と呼ばれるのでしょう。
女物狂いは時おり能曲に登場しますが
他の演目の狂い物は良い結末が多いです。

考えてみますれば、吾が子を思って狂ってしまった母親と
エドアルドという契りを交わした想い人がいるのに、
泣く泣く家督相続のために強制結婚をさせられて
初夜の褥で夫を刺し殺してしてしまったルチアとは
似通う主人公です。ルチアは気が狂いそのまま亡くなってしまいます。


番囃子 隅田川

2015年11月 此岸(この世)と彼岸(あの世)を結び 時代と文化を紡ぐ隅田川 ~能「隅田川」ゆかりの地~ ~アニメ「あしたのジョー」ゆかりの地~」


プロフィール

Author:ミルティリおばさん
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イタリアに住むこと30と数年、
猫と2人暮らしのおばさんです。
翻訳フリーランサーです。
翻訳なさりたいテキストをお持ちの場合
メールにてお知らせください。
英語とドイツ語はネイティブ翻訳者との
コラボです。

2011年来、若かりし頃のジャッキー・チェンに夢中です!
お気が向いた時にいつでもいらして下さい。
お気付きの点があったらコメントして下さい。
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