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夏の風の神

お盆が終わり、台風一過、温帯低気圧に変わりましたが、
まだまだ暑い日が続くようですね。
夏バテしませんように、お鰻や焼き肉を召し上がれ。
鰻は食べたいのですが食べられず。無いからね。
お肉類は殆んどいただきません。
お鮨流行りで、スーパーマーケットでも売っていますので、
今日のお昼に買っていただいてみました。
日本とは比べられず、大トロ中トロなどのマグロ類、
真鯛、アマダイ、えんがわ、ウニ、イクラ、アナゴ等は
勿論ありませんが、それなりなお味でした。
1人で作るには材料と時間がかかりますのでね。
今更ながら、私の味覚と健康に合うのは、
トマトやニンニク、玉葱、今ですとバジリコをたっぷり使った
スパゲティ・アル・スーゴ・デル・バジリコです。
貧乏性なのでね。でも、これを食べていますと、
身体にも声にもよろしいよ。

遅ればせながら、コメントをいつも、どうも有り難うございます。
的を射た返信ができないかもしれませんが、
お好きな時にいらして、お好きなことを書き込んでください。
コメント欄からも勉強しております。

大分前にも同じ音楽をリンクしたことがあります。
ドビュッシーの「夏の風の神」
「6曲の古代碑銘」、6曲のうちの第一曲目です。
The atmospheric Debussy: Pour invoquer Pan, Bruyères & Beau soir
 6曲総て入っています。
 第一曲目「夏の風の神、パンへの祈り」2分間と少しです。

碧 空 BLAUER HIMMEL アルフレッド・ハウゼ楽団 UPG‐0141
 「碧空」という曲です。

暑い夏を乗り切りましょう!

ブルーライトヨコハマ in ノルウェーの森

今朝、結構な時間を取って(15分ぐらい)村上春樹の
「ノルウェーの森」をラジオRAI 3で紹介されていました。
それで小説の中で、いしだあゆみさんの「ブルーライトヨコハマ」が
登場するので、全曲をラジオで放送しました。

ブルー・ライト・ヨコハマ いしだあゆみ

いしだあゆみ ★ブルーライト・ヨコハマ★

こんな曲も流行したんだなぁ、と、ふと懐かしくなりました。

「歩いても歩いても」は是枝監督が(パルムドール賞 万引き家族)
映画化するのだそうな。
今回、ブルーライトヨコハマとチャイコフスキーのピアノ協奏曲を
リンクしたかったのですが、ちょっと違和感が・・・

ピアノ・トピックは、まだ後2回はかかります。
よろしくお願いします。

Flügelさんが仰っているドイツ在住のブロガーさんは、
毛ば部とる子
 こちらでしょうか。勝手にリンク済みません。
 興味あるブログをお書きになっていますね。

  


左手のためのピアノ協奏曲

「打つ」ことに天才的だったイチローさん(鈴木一朗)は
19年に及ぶ野球生活で(オリックス、マリナーズ、ヤンキース、マリンズ)
日米通算4367安打を打ち放ち(勿論、打数はその4倍近くですが)
野球界に金字塔を打ち立て
今年3月に国民栄誉賞を辞退しつつ引退しました。

そんなイチローさんの名言から
「壁というのは出きる人にしかやってこない。
超えられる可能性がある人にしかやってこない。
だから、壁がある時はチャンスだと思っている」

同じく打つことに天才的なカルロ・パリージ、
タイプライターで1分間に打ち込むこと969文字、
2014年のタイプライター・コンクールで
チャンピオンとなりました。

PCで日本語を打ち込む場合に、熟練者は1分間に124字だそうです。

すみません、雨が降って来たので記事を保存しつつ一端、中断します。

ピアニストが1分間に鍵盤をいくつ打つかというと
(ピアノは元々打楽器なので)最高回数で1800打ち鳴らします。
両手でです。左右分けてみるとどの位の数になるのか、
分かりません。

クラシック(ハイドンやモーツァルトですね)以降では、
主に右手がメロディを奏で、左手が右手の伴奏の役割を果たします。
右手のためのピアノ曲もありますが、
左手のためのピアノ曲に比べて何とも哀れなほど少ない。
左手はバッハの息子のカール・エマニュエル・バッハに始まり、
ツェルニー、ブラームス、リスト、バルトークと、
3000曲は下らないのですが、右手は250曲ほどです。
右手の曲というよりも、片手ずつの練習曲が多く、
左手を痛めたかたのための、ピアノ・コンチェルトも数え、
右手のため、というのは10曲ぐらいです。

片手で弾く場合に右と左とどちらが使い勝手が良いかというと、
左です。低・中音を受け持ってくれる左手の方が弾きやすいのです。
ハイドン、モーツァルト、ベートーヴェン、ショパン、
それからシューベルトの歌曲の伴奏でも、
長いこと左手のみに弾かせて右手は職務怠慢、
といった風な曲もあります。

ブラームス編曲のバッハのBMW1004、
ブラームスは左手のためのピアノ練習曲第5番と
しています。で、彼が言うには、
「単音のみで考えるのは、あまり好みではない。
しかし、純粋で美しい。難しさ、技術、アルペッジョ、
それらはヴァイオリニストになった気分にさせる」
と、クララ・シューマンに手紙の中で書いています。
ブラームスはクララに終生かけた片想いをしていたのでありました。

リスにトはたった一曲だけ、左手のみで「ハンガリーの神」があります。

有名どころを行ってみましょう。
第一次世界大戦で右手を失ったピアニストの
ヴィトゲンシュタインに頼まれて
ラヴェルが書いた「左手のためのピアノ協奏曲ニ長調」です。
これは広く知られている、と思いますのですが。
最初、依頼主のヴィトゲンシュタインは「こんな難しい曲!」と
ごねたのだとか。
一楽章のみの、ジャズを取り入れた、和音の美しい曲です。

Maurice Ravel - Piano Concerto for the Left Hand

間違えました、イチローさん、御免なさい。
1991年のプロ入りなので、
野球生活19年ではなく29年ですね。











ピアノの日

七夕祭りの前日、今日7月6日は「ピアノの日」です。
何故、ピアノの日になったかと言いますと、
1823年の7月6日にドイツ人医師シーボルト(1796~1866)が、
親交のあった萩の豪商、熊谷家4代目の
熊谷五右衛門義比(くまがやごえもんよしかず)(1795~1860)に
イギリス製のテーブル型ピアノを贈り、
日本に初めてピアノなる楽器をもたらした、とされる日です。
萩市の熊谷美術館に保存されている日本最古のピアノです。

日本が西洋音楽との接点を持った歴史は、結構古いのですが、
本格的なピアノ演奏、音楽教育を始めたのは明治以降です。
ピアノは一言でいうと簡単ではない楽器です。
専門家になるためには、毎日長時間をピアノに費やさなければなりません。

日本人は努力家で頭が良い民族です。
西洋音楽を日本に導入するために、
初めてピアノを知り、弾き方を覚えて、方法を伝えるために
どれほどの困難があったか、労苦を費やしたか、想像に難くないです。
しかし、わずか150年余りで、多くのコンクール入賞者を出し
ピアノ製造に於いては世界に冠たるヤマハ、カワイ、
音楽教育法としてはスズキメトードがあります。

音楽は、どの楽器も、ヴァイオリンでもフルートでも
ティンパニーでもドラムでもサックス、それからギターでもウクレレでも
人声、口笛、ヨーデルンにしても、
全ての楽器には歴史があり、それぞれ素晴らしいと思っておりますが、
これから2~3回に亘って(わたって)ピアノを集中的に書いて参りますので、
よろしくお願いいたします。。

リンクいたしますのは
リスト編曲による「シューベルトのセレナーデ」です。
 Schubert Serenade

 Schubert  Ständchen (Serenade) Peter Schreier
こちらが原曲です。シューベルトの歌曲集「白鳥の歌」から
第4曲目です。

それでは、山本太郎さんと令和新選組を応援しつつ、
ファイト!Forza! Reiwa Sinsengumi!

続きを読む

野ばら

大きな国と小さな国の国境、決められた国境(くにざかい)の石碑近くには、
春になると白い野ばらが咲き、ミツバチが飛び交います。
太陽は木々の上で輝き、小鳥が歌い、岩間からは清水が湧き出ます。

国境を護るために、2人の兵士がやって来ました。
老兵士は大きな国から、若い兵士は小さな国から派遣されて来たのです。
日が経つうちに2人は仲良しになり、
老人は若者に将棋を教え、2人して将棋など差すようになりました。
2人とも良い人たち、好い小市民であったのです。

冬になると南国出身の老人は家族が待つ故郷を恋しがりました。
若者は「ここに居てください。また、春が来ます」

ところが冬が去り、春になると、
大国、小国間に戦争が勃発します。
「私の首を持って行きなさい。私は少佐だ。あなたは出世できる」
「まさか!私たちは敵同士ではない。戦争をしているのは北です。
私はそこへ行って戦います」
若者は去って行きました。

ミツバチは白ばらに日がな一日群がり、
青年を案じて茫然と日々を過ごす老人。ある時旅人が通りかかり、
彼が言うことには「戦争は小さな国が負けた。その国は皆殺しになり、
戦争は終わった」
青年も死んだのだろうと、石碑の脇でうたた寝していると、
あの若者が馬に乗って多数の兵士を率いてやって来ました。
声一つ立てない静かな軍隊。
やがて若者は老人に黙礼して、白ばらの香りをかぎました。

老人は、はたと目が覚め、そのすぐ後にばらは枯れました。
老人は南の故郷へと帰って行きました。
          小川未明(おがわみめい、びめい 1882~1961)

小川未明の「野ばら」。
野ばらといいますと、ゲーテの詩によるシューベルト、ヴェルナーの野ばらを
連想しますが、紅いばら(少女)を手折ったゲーテの詩とは程遠い
白いばらのお話です。執筆は第一次世界大戦後です。
小川未明は児童文学作家です。浜田広介、坪田譲治と共に
児童文学界の「三種の神器」だそうです。
青空文庫でお読みになれます。


プロフィール

Author:ミルティリおばさん
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イタリアに住むこと30と数年、
猫と2人暮らしのおばさんです。
翻訳フリーランサーです。
翻訳なさりたいテキストをお持ちの場合
メールにてお知らせください。
英語とドイツ語はネイティブ翻訳者との
コラボです。

2011年来、若かりし頃のジャッキー・チェンに夢中です!
お気が向いた時にいつでもいらして下さい。
お気付きの点があったらコメントして下さい。
あなたのお好きなことも自由に書き込んで下さいね!

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