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Pfeifen 口笛

Pfeifen
Klavier und Geige, die ich wahrlich schätze,
Ich konnte mich mit ihnen kaum befassen;
Mir hat bis jetzt des Lebens rasche Hetze
Nur zu der Kunst des Pfeifens Zeit gelassen.

Zwar darf ich mich noch kein Meister nennen,
Lang ist die Kunst und kurz ist unser Leben.
Doch alle, die des Pfeifens Kunst nicht kennen,
Bedaure ich. Mir hat sie viel gegeben.

Drum hab ich längst mir innigst vorgenommen,
In dieser Kunst von Grad zu Grad zu reifen,
Und hoffe endlich noch dahin zu kommen,
Auf mich, auf euch, auf alle Welt zu pfeifen.
          Hermann Hesse

ピアノとヴァイオリンは私の真の宝だ、          
それらを修得することはできなかった;
慌ただしい今までの生活は         
私に口笛を吹く時間だけを持たせた。

勿論マイスターとは言えない、
私たちの生涯は短く芸術は長い、
しかし多くのものを与えてくれる口笛を
吹けない人たちを残念に思う。

それで、ずっと久しく口笛の芸術を
少しずつ熟達させようと熱く心に決めた。    
私は願っている、私と君たち、
世界中が口笛の匠になることを。


Pianoforte e violino, sono i veri miei tesori,
Ma non riuscivo a suonarli;
La vita frenetica mi ha consentito
Solo l'arte del fischio.

Certo che non mi chiamino un maestro,
L'arte è lungo e la nostra vita è breve,
Ma tutto ciò che mi rincresce
Chi non sa suonare il fischio, quello che ci da tante cose.

Così ho già chiarito ardentemente
Man mano divento un'esperto in questa arte,
Io spero, alla fine io, voi, e tutto il mondo
Giungano alla arte del fischio.

3月21日は詩の日です。
ヘッセの「口笛」を。
どうぞ口笛をヘッセと一緒に奏でてください。






母の日に

La mamma
La mamma non è più giovane
e ha già molti capelli
grigi: ma la sua voce è squillante
di ragazzetta e tutto in lei è chiaro
ed energico: il passo, il movimento,
lo sguardo, la parola

マンマ
 白髪の目立つお母さん:
 でも声は少女のように高く響き、
 万事率直で溌剌としている:
 足取りも動きも、
 眼差しも言葉も

    アーダ・ネグリ(1870~1945)
     作家、教師。社会主義、愛国者でした。
     Una vera donna 真の女性と評価されています。


La madre
La madre è un angelo che ci guarda
che ci insegna ad amare!
Ella riscalda le nostre dita, il nostro capo
fra le sue ginocchia, la nostra anima
nel suo cuore: ci dà il suo latte quando
siamo piccini, il suo pane quando
siamo grandi e la sua vita sempre.

お母さん
お母さんは私たちを見守り、
愛することを教えてくれる天使!
膝の上で指とおつむりを温めてくれる
心の中では私たちの魂を:
小さな時にはおっぱいをくれる、
大きくなったらパンを、
そしていつもいつもあなたの命を

   ヴィクトル・ユーゴー(1802~1885)
    フランスのマンゾーニと言われる文豪です。
    日本ではユーゴーの方がきっと有名ですね。
    「あゝ無情」でよく知られる作家、劇作家、詩人、
    随筆家、又、政治家、画家でもありました。


Meiner Mutter
Ich hatte dir so viel zu sagen,
Ich war zu lang im fremden Land,
Und doch warst du in all den Tagen
Die, die am besten mich verstand.
Nun da ich meine erste Gabe,
Die ich dir lange zugedacht,
In zagen Kinderhänden habe,
Hast du die Augen zugemacht.
Doch darf ich fühlen, wie beim Lesen
Mein Schmerz sich wunderlich vergißt,
Weil dein unsäglich gütig Wesen
Mit tausend Fäden um mich ist.

A mia madre
Tanto avevo da dirti
troppo a lungo fui in terra straniera
Eppure giorno dopo giorno
sei stata colei che meglio mi ha capito.

Ora che il mio primo dono
che da lungo a te ho destinato
ho nelle tiepide mani del bimbo
tu hai chiuso gli occhi.

Ma so che leggendo il mio dolore
meravigliosamente si lenisce
perchè il tuo essere tanto buono
mi avvolge con mille fili.

   Poesia di Hermann Hesse

お母さん
あなたに話したいことが山ほどあった
長い間、異国に生きていた私、
けれど来る日も来る日も
あなたは私を一番分かっていてくれた

あなたに上げようと長いこと
心に留めていた贈り物を今、
ためらう子供の手に持つ時に
あなたは眼を閉じてしまった

けれどこの詩集を読むと
不思議に苦しみが和らいで来る
譬えようのないあなたの温かさが
千の糸で私を包んでいるのだから

  ヘルマン・ヘッセ(1877~1962)
     ヘッセは初出版の詩をお母さんに
     贈りたかったのですね。




それから、これは日本の童謡を訳してみました。
何の歌か当てた方には、松の実とクルミ入りの
fior di latte(ミルクの華、粋)のアイスクリームをプレゼントします、
ということは全くありませんが、当ててください。

Elefantino, elefantino, tu hai un lungo naso,
Sì sì, anche la mia mamma ha il lungo naso.

Elefantino, elefantino, tu chi ami?
Ti dirò che amo, amo la mia mamma.






金子みすゞ ヘルマン・ヘッセ

  不思議

わたしは不思議でたまらない
黒い雲から降る雨が
銀に光っていることが

わたしは不思議でたまらない
青いクワの葉食べている
蚕が白くなることが

わたしは不思議でたまらない
たれもいじらぬ夕顔が
一人でパラリと開くのが

わたしは不思議でたまらない
たれに聞いても笑ってて
あたりまえだということが

   帆

港に着いた舟の帆は、
みんな古びて黒いのに、
はるかの沖をゆく舟は、
光かがやく白い帆ばかり。

はるかの沖の、あの舟は、
いつも、港へつかないで、
海とお空のさかひめばかり、
はるかに遠く行くんだよ。

かがやきながら、行くんだよ。


    Weiße Wolken (白い雲)
O Schau, sie schweben wieder
Wie leise Melodien
Vergessener schöner Lieder
Am blauen Himmel hin!

Kein Herz kann sie verstehen,
Dem nicht auf langer Fahrt
Ein Wissen von allem Wehen
Und Freuden des Wanderns ward.

Ich liebe die Weißen Losen
Wie Sonne, Meer und Wind,
Weil sie der Heimatlosen
Schwestern und Engel sind.

ご覧! 青い空の彼方に、
忘れられた美しい、
ほのかなメロディのように
又、浮かんで流れて行く

長い旅路をさすらった
悲しみと喜びを
知り尽くさなければ
あの雲の心は分からない

太陽と海、風、白く透明な
移ろいやすいものを私は愛する
彼らは故郷をなくした私の
姉妹、天使なのだから。

「帆」と「白い雲」、何となく似ているから
書いてみました。

海辺の町で育った金子みすゞは港に着く船、沖行く船を、
毎日のように目にしていたのでしょうね。
光り輝く白の帆掛け船は、港に着かず
海と空の境目を過ぎ去って行く。
はるか遠くに行くんだよ、
輝きながら行くんだよ。

詩人の心の中を白い帆が過ぎて行く。
ヘッセが流れ行く雲を懐かしく辿ったように。

金子みすゞ(1903~1930)
ヘッセ(1876~1962)
生きていた時代は被りますね。

https://www.youtube.com/watch?v=LkjDt3V76HE

金子みすゞは山口県長門市の人で、
安倍晋三総理と同郷です。

こちらはフィガロさんに、「フィガロの結婚」から
もう1つのアリア(カヴァティーナ)
Se vuol ballare Signor Contino,
https://www.youtube.com/watch?v=_i9H4HeiSGg

序曲です。
https://www.youtube.com/watch?v=ikQNFqVkNNc



間違えました。安倍首相は東京で生まれて育った方でした。
ご祖父母様のどなたかが、長門市の方です。











 




おおきに

今朝、WEB産経ニュースのコラムを読みまして,
大分前にこんなことがあったのか、
と知りました。
阪神高速道路料金所での、
「まいど」 「おおきに」という言葉が、道路公団の
指示で禁止され、後にすぐに白紙撤回となった、

http://www.sankei.com/column/news/160302/clm1603020008-n1.html

MAIDO 「まいど」 はミラノとローマにこの屋号の
お好み焼きレストランというか、ストリートフード店が
あります。日本の言葉の代表格なので
名付けられたのでしょう。

”まいど” も ”おおきに” も私には馴染み深く、
”おおきに”に至ると憧れ止まない言葉です。
関西言葉は、萩もそうですけれど、穏やかで柔和で、
話し方自体が優しいですね。
奈良、京都弁は古来からの大和言葉を引き継いで
いるのではないですか。

何故この言葉を使用禁止にしたのか解せない所です。

それよりも一日本人の私には読めない、成田空港の
ハングル語を使用禁止して頂きたい。
安倍さん、お願いいたします。東京国際空港だから
舛添さん、お願い、になりますか。

サッカー・サポーターの応援言葉は、言葉での
ど突き合いだから、イタリアサッカー・サポーターの
言葉など、紙面に書くのはためらいます、というよりも
書けません。
それでも、某国でのサッカー試合中の横断幕よりは
マシではないですか。
これを何故にヘイトと騒がないのか、
不思議な国日本。

池田佳代子さんもそうですが、安倍さんに対してね、
一国の首相に、というよりも一個人に対して
失礼甚だしい。
何故、人権問題として大々的に騒がないのですかね。



続きを読む

四方山話

昔、映画の「細雪」を見まして、
吉永小百合の綺麗な眼が印象に残りました。
吉永小百合さんはあまり演技が上手くないけれど、
(西田敏行さん、ゴメンナサイネ)
息の長いタレント女優さんということで
目が美しい、に留めておけば良いのに、何故
憲法問題に口出すのかな?
何も物申さなければ、そのまま知性のある女優さんで
通りましたのに。通りますのに。

女優さん、俳優さん、というのは
シェイクスピア、ピランデッロ、ブレヒト、チェーホフを
演じる人達のように、先ず何よりも、
深々とした声で会場を包み込む、台詞によって
観客を魅了する人達、が私にとっての俳優です。
朗誦の学校に何年も通ったソフィア・ローレンの
才能をイタリア人は買って、高く評価しているわけです。

まぁ、でも日本の映画は魅力的だし、
田中絹代や原節子、とても美人ですね。
歌舞伎から映画へと移った、故大川橋蔵さん、
美しいなぁ、と感嘆しながら「銭形平次」を
見ていました。(ちょっと古いですか?)

「男の花道」 「一本刀土俵入り」 「椿三十郎」など、
3D35mmで観たいなぁ、と昔を偲んだりします。

ところで、イタリアでも日本でも、
国語の先生のお積りなのか、コメンテーターさんの
文章を書き変えなさるブロガーさんが、時として
いらっしゃいます。
私は人様の書いた文章は、いつでもそのままです。
閑古鳥が鳴いているブログではありますが。

「日本の昔話」 「善太と三平」などを書いた
坪田譲二さん、のお弟子さんが
「先生、何故赤で添削なさらないのですか?」と、
尋ねたら、
「私は人様が書いたものを、
とても赤で直す気にはならない」と、
答えられたそうです。

https://www.youtube.com/watch?v=3GZ1xBXyhSo
アル中だったモデスト・ムソルグスキーの
 「はげ山の一夜」です。

https://www.youtube.com/watch?v=1WleLsO92gE
  気分を変えて「ロマンス」 ベートーヴェンです。


国語の先生の名誉のために申しますと、
私の学校時代の国語の先生方は、先生と呼ばれるに
似つかわしい方達でした。
中学校では、芥川、トルストイの「人は何で生きるか」
など、朗読してくださって、そういうことが読む面白さに
結びついているのかもしれません。
高校の国語、古典の先生は教師というより
著書も出版なさる文学の専門家でした。
日教組とは凡そ関わりがなかったでしょう。

日本文学の先生は、若いけれど風呂敷包み1つを持って
登校なさる、明治書生風な、
教える傍らに何か書いてらしたのでしょう。
源氏物語を伝授して頂きました。



プロフィール

Author:ミルティリおばさん
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イタリアに住むこと30と数年、
猫と2人暮らしのおばさんです。
翻訳フリーランサーです。
翻訳なさりたいテキストをお持ちの場合
メールにてお知らせください。
英語とドイツ語はネイティブ翻訳者との
コラボです。

2011年来、若かりし頃のジャッキー・チェンに夢中です!
お気が向いた時にいつでもいらして下さい。
お気付きの点があったらコメントして下さい。
あなたのお好きなことも自由に書き込んで下さいね!

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