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ナルチスとゴルトムント

マルチェリーノ パンと葡萄酒
マルチェリーノはいたずらしながらもみんなに
可愛がられて5歳になりました。
ある日修道士さんの1人が彼に言います。
「屋根裏部屋に行ってはいけないよ。怖いおじさんがね、
お前をさらって行ってしまう。」その言葉は図らずも
当たったのでした。彼は好奇心から屋根裏に行きますと
十字架上のキリストが埃にまみれています。
その痩せた傷だらけの姿を見た彼は毎日のようにパンと
葡萄酒を修道士さんの食事からくすねてキリストのもとへ
運ぶのでした。

マルチェリーノはある時に同年のマヌエルと友達になり
彼のお母さんを見て驚いて羨望します。

キリストと会話するマルチェリーノはキリストの
「パンと葡萄酒のお礼に何でもお前の言う事を叶えて
上げよう」という言葉に「それじゃ僕のお母さんに
会いたい」キリストは十字架から降りて彼を抱き
天国にいる母のもとに連れて行くのでした。
キリストの腕の中で息を引き取るマルチェリーノと
それを見て驚く修道士達、という
元も子もない終わり方というか、何とも悲しい最後
というのか、子供に取ってそれだけ母親は必要なのでしょう、
と言う事を神の御子も知っていたのでしょう、
と解釈する他にないですけどね。

で、ゴルトムント、やっと彼はお母さんを思い出した
のでした。
妻を恥じ、息子に母を恥じさせ、母親を記憶の隅に追いやって
忘れさせ、父親は彼を修道院送りにしたのでした。
息子に母親の罪を償わせるというよりも夫は妻そっくりの
息子といるのが耐え難く腹立たしかったのでしょう、と
いうのは私の解釈です。

ムント君は今、母への想いでいっぱいです。
父権家族社会と母系家族社会では母への憧れ方が
恐らく全く違うでしょう。
「パードレ・パドローネ」というサルデーニャの昔の
映画をご存じの方はご存じでしょう。
あれは極端ですがイタリア、ヨーロッパの父子には
あれが根本にあるわけです。
ただイタリアのお父っつぁん達は子供をとても大切に
可愛がりもしますよ。

給料をそのまま主婦に渡して家庭の財務を全て妻に
管理させるという国は私は日本以外で知りません。
日本経済の発展は実に企業戦士と貯金預金に余念のない
主婦の方達に負う所が大きいと思いますのですが。

ムント君はナルチスによって母を認識したのでした。
彼は変わり、大人になると同時に若返りました。
ナルチスに大層感謝感激しました。
ナルチスはというと見習い期間が終わり、
僧衣をまといました。
今までの優越性から一歩引きムント君と控えめに
接し始めました。

ナルチスとゴルトムント

医務室に運ばれたムント君、まだ意識不明の
ムント君の枕元にはアンゼルム神父が
あれこれ心配しています。
「こんなに健康で無垢な子をこんな目に遭わせた
罪の一端はきっとあのナルチスだ、早熟で、
ギリシャ語を世界で一番と崇めている小癪な
あのナルチスが!」

院長も心配してやって来ました。
若く純真なムント君の顔を覗き込み
「容態が悪くなったら夜中でも知らせるように」と
アンゼルム神父に任せて部屋を出ました。
(あの子をよく知っているのはナルチスだけだ。
私のゴルトムントへのやり方は正しかったのだろうか?
あの見習い僧は悪事を隠そうともしない。
彼は異教徒なのだろうか?)

暗闇の中でムント君の意識が戻りました。
ここはどこなのだろう、
遠くに何か光るものがある、
又、眠りに落ちました。

そして又、目を覚ました時に輝きが母となって
見えました。同時に「君は幼年時代を忘れてしまっている。」
と声が聞こえました。それはナルチスの声。
思い出の瓦礫の山と忘却の海から母が現われました。
「あぁ、お母さん、お母さん、」
言葉で言えない程愛する母。

ムント君が動く気配を感じて長椅子でうたた寝していた
アンゼルム神父が目を覚ましました。
「誰?」
「私だ、怖がることはないよ。灯りをつけよう。」
つるした小さなランプに火を灯すと、神父の皴だらけの
優しげな顔が映りました。
「どんな具合だね?」
「疲れています。」
「さ、これをお飲み、暖かい葡萄酒だ、私達の友情に君と乾杯だ。」
「有難う、アンゼルム神父様。」
「さて、もう1杯、夜中に隠れて飲む秘薬だよ。これもお飲み」
肉桂と丁子と砂糖で暖めた葡萄酒でした。
病室のベッドでほの明るいランプは大変心地良いものでした。

神父は小噺を1つして、明日又来ると言って眠りに行きました。
ムント君はまだ暫く目覚めていました。
心の底から聞こえて来る友の声、湧き上がる母の面影。
又呼んでみます、お母さん。

アンゼルム神父の登場で連想しますのが
1955年のスペイン映画「汚れなき悪戯」
(Marcelino pan y vino)
(Marcellino pane e vino) 
原題名が「マルセリーノ パンと葡萄酒)です。
聖マルチェッロの日にフランチェスコ会修道院の前に
捨てられていた生まれたばかりの男の子を12人の修道士さんが
育てます。可愛らしく育ってなかなかいたずら者です、

と書いていますと長くなりますので又続きを書きます。
次回に引っ張ってしまうみたいなのですが、この辺りどうも
私はまだ手際が悪いですね。

ビルマの竪琴

ビルマは文語でミャンマーというのだそうです。
今ミャンマーとして知られておりますね。
ラオス、タイ、中国、インド、バングラディシュと
隣接していましてブータン、カンボジアにも近いです。

7,8世紀に世界史に浮上し、イギリスに統治される
1885年までずっと王国でした。1886年に
イギリス領インドに併合され1つの州となりました。
1948年に独立して軍事政権時代を経て民主化の途を
辿りました。

第二次世界大戦中、イギリス統治のビルマに
日本軍が入り込んでいました。
独立したいビルマ人は日本人に後押しされ、
日本の旗色が悪くなると又イギリス人のもとへ戻るのでした。
それはビルマ政府とビルマ国民軍の間で
揉めていたせいがあったからなのですが。

以上、大雑把過ぎるビルマの状況です。

竹山道雄(1903~1984)という小説家が
戦後間もなく子供のために「ビルマの竪琴」を
書きました。その作品を市川昆監督、
申し訳ないです。字が違います。昆の上に山を
書くのです。ここで出せません。
1956年に市川監督(1915~2008)が
その本を映画化しました。ヴェネツィア映画祭で
受賞しましたのですが賞の名前を失念しました、すみません。
後1985年に同市川監督がカラーで
リメイクしました。
内容は同じです。
私が見たのは1985年版です。
チューブでも白黒の方をご覧になれます。
音楽があふれている映画です。

1945年、第二次世界大戦も終わりに近い時のお話です。
日本の一部隊の隊長は音楽学校出で部下に歌を教え
みんなで歌って心を励ましているのでした。
部隊の中の水島上等兵は自らの手製のビルマの竪琴、
サウンガウを上手に弾きこなすのでした。
彼の竪琴の音は清々しく戦地を潤します。
水島上等兵は又ビルマ人に変装もして偵察に行き
竪琴で様子を知らせているのでした。

ある日小屋で休憩している部隊はイギリスの大部隊と
出くわします。一斉射撃用意万端のイギリス兵。
隊長は歌え、踊れと命令し、水島の伴奏に合わせて
「埴生の宿」を歌い踊りながら広場にあった
弾薬を小屋の後ろに隠します。
緊張が漲る日本兵とイギリス兵、その時、聞こえて
来るイギリス人が歌う「home sweet home」
水島は必死で伴奏を弾き続けます。
やがて起こる「埴生の宿」の英語と日本語での大合唱。

おばさんはここでウルウルッと来ます。
祖国を遠く離れて戦場にいる人達にとって家族、我が家は
当にsweet homeでしょう。

部隊は降伏し、捕虜収容所に送られます。
しかしまだ降伏せずに戦っている日本の小部隊がありました。
水島が選ばれ竪琴を携えて彼等の所へ説得に行きます。
が、甲斐はありませんでした。
その帰り道、死体と白骨の山に出会った彼は仲間の所へ
行かずに今来た道を戻って行きます。亡くなった同胞を
このまま放って置けないのでした。
助けてくれたお坊様の僧衣を盗み(ここはちょっと頂けません)
僧となります。

収容所では彼の安否を気遣ってみんなが待っています。
明日、日本に帰るという日に2羽のオウムを肩に載せた
彼が収容所の柵の向うに現われました。
みんなは埴生の宿を合唱します。堪らずに竪琴を取り
弾き始める彼。
「水島、水島、一緒に帰ろう!」
彼は無言で「仰げば尊し」を爪弾きます。
彼の頬には一筋二筋と涙が伝わります。
おばさんは昔この歌はいつも義務感で歌っておりました。
こんなに美しく響く曲とは思っていませんでした。
水島は朝霧の中に消えて行きます。

過ちはもう繰り返しません。
この言葉が世界中に響き渡りますように。


ナルチスとゴルトムント 気を失って

数日前に図書館に行きまして、女性図書館員さんと
少しお話を致しまして「今、ブログで
Narciso e Boccadoroのことを書いている」と
言いましたら、彼女はsorriso arcano(謎めいた微笑)
を浮かべますので「あなたもあの本をご存じですか?」
と尋ねましたら、「それはもう、有名な本ですから」
と、なお神秘的に微笑みまして、私はそれ以上は何となく
質問出来ませんでした。
何故あんな風に笑ったんだろう?次回もう少し突っ込んでみます。

「向うへ行って!」とナルチスを仰天させたムント君は、
無意識のうちに人の来ない静かな片隅を探して、回廊、階段から中庭に
行き着きました。ナルチスはムント君を探して歩いたのですが
見当たりませんでした。明るい空に花壇の緑、薔薇の匂い、
石から発散する湿気っぽい新鮮な空気、回廊から中庭に
張り出しているアーチの下におりました。
それぞれの柱の上部には3匹の犬と狼がおり、
怖ろしい苦痛から「あの獣が僕を食べてしまうんだ、今、死ななければ
ならないんだ。」苦しみが限界に達して顔を胸に埋めて
気を失ってしまいました。

薔薇の匂いの大気を吸い込もうと中庭にやって来たダニエル院長が
板石の上に伸びているムント君を発見しました。驚いて少年を
持ち上げようとしますが如何せん重いので2人の若い修道士と
医に精通しているアンゼルム神父を呼びに行き、早速ナルチスを
探します。

ナルチスの話を聞いたダニエル院長、
「君のしたことは他人の魂への侵害だ、悪い結果になってしまった。」
ナルチスは自分を抑制しながら「結果は、」穏やかな声できっぱりと
言います、「まだ分かりません、院長様、僕達の会話は
彼のためになったと思います。」
「どんな操作を彼にしたんだね?」
「彼が知るよりも、より知っていることを彼に知らせたかったのです。」
ダニエル院長は肩をすくめ
「君の十八番だね、悪い事を引き起こさなければいいのだが。」
「彼は性の目覚めと戦っているのです。」
「17歳か?」
「18です。」
「遅いな。」
「それと母親のことを知らない、母親を恥じている様に見えます。
あの子は何から何まで母親譲りなのに。彼の語る父親は息子と
似ても似つかない。」
ダニエル院長は全ての出来事を厄介で苦しいものにしてしまう、
自惚れて学者ぶったナルチスとの会話を始めから内心では
微笑していました。
そしてゴルトムントのとりすました信用出来ない父親と彼の妻の話を
思い出していました。
ダニエル院長はこの時ほど、ナルチスがいやになったことはありません。
しかしながらこの思索家はよく言い当てた!

ナルチスはゴルトムントとの面会禁止を言い渡されました。

Narziß und Goldmund 全20章の中のまだ4章の終わりの方です。
小説を1ページで纏めようとすれば出来ますのでしょうが、
おばさんはこの作品にご執心でありましてナルチスとゴルトムントの
鼓動を再び一緒に感じてみたくこの長さになってしまいました。
この言葉、この表現は切ってしまえない、と思いつつ泣く泣く
端折った所が大分あります。言い換えますとそれ程ヘッセの文章、
文脈に無駄がないのです。
読んでいらっしゃらない方はどうぞ、ご一読を。
図書館、あるいはお友達にお借りして。文庫本ですとそれ程高くは
ないでしょう。

主人公が若い場合が多いせいか、青春文学と言われていますが、
それで終わりにしてしまうのは勿体ないです。好みもありますのですが
抒情詩的であり、劇的でもありまして、
流れる様な文体で巧みに物語を織って行きます。
「ゲルトルート」(春の嵐)「アッシジのフランチェスコ」、
「シッダールタ」などもホーと感心してしまいます、と言うと
おこがましいですね。唸ってしまいます。

今日はこれにて失礼致します。





ナルチスとゴルトムント 太陽と月

ある休日に図書館で2人がお話を始めました。
人間の相違ばかりを論う(あげつらう)ナルチスに
辟易したゴルトムントが、「僕達はみんな神の子でしょう、
神に帰することが僕達の同じ目的だ」
「学術書の教理ではね。しかし生涯で、キリストの傍付きの
弟子と彼を裏切った弟子は同じ様に召し出されたのではない。」
「ナルチス、あなたはへ理屈屋だ!そう違いばかり挙げたんじゃ
僕達は近づくことは出来ない。」
「僕は真面目なんだよ、僕達は太陽と月、海と陸なんだ。
近づくことが目的ではなく、お互いを良く知ること、
補足し合うことが目的なんだ。」
ムント君は悲しそうにうつむきました。
「だからあなたは僕の言う事をマジで受け取らないんですね。」
「そうだ、僕は君の声の響き、仕草、微笑は本気で受け取っている、
でも君の思考はマジで受け取ってない。」
「そう思ってた!いつも子ども扱いするんだね。」
尚且つ力説するナルチス君、
「そうだ、君の思考はある部分まるで子供だ、子供だって頭がいい、
しかし子供が学問を語ろうとしたら学者は本気で
受け取らないだろう。」
「僕が学問を話さない時にもあなたは僕のことを笑います。
僕は修道士になりたくて一生懸命勉強してるのに。
あなたに取って僕は子供に過ぎないんでしょう!」
「学者や修道士になるには君程の貴重な資質はいらない。
君には論理や信仰が足りないのではない。君自身であることが
少な過ぎる、君がゴルトムントである時に真剣に受け取るよ。」

ムント君は驚いて傷ついて会話をやめてしまいました。

何日か経ってムント君はこの会話の続きがしたくて又ナルチス君と
始めます。ナルチスが熱く語り始めます。
僕が君に勝っているのは覚めているという点だけだ。覚めている
と言う事はつまり、知性と意識とで自分の内面の力、不合理、
傾向と弱さを知ることだ。精神と本能、意識と夢が君の中ではあまりに
遠すぎる。」
まだまだ続けるナルチス君、「君は子供時代の事を忘れてしまっている、
魂は君を探している、その声を聞かない限り苦しむだろう、君が
君自身である時に僕よりも優れている。」

君の幼年時代を忘れてしまっている、という言葉を聞いた時に
ムント君は矢に打たれた様に驚愕しました。
ナルチスは習慣から長く語る時には言葉を探す様に目を閉じ、あるいは
半ば閉じて一点を見つめ、自分の言葉に酔いしれる様に話すのでした。
ナルチス君、君は当にナルキッソス(ナーシサス)、水面に映った自分に
恋して水仙の花になった、
自分の言葉に夢中でムント君の顔から突然血の気が引き硬直したのに
気づきませんでした。
「夢想家、詩人、愛する者、彼等は思考する僕達よりもいつも
優れている、君達の原型は母だ、僕達のは父。
君達はあふれる生命の体現と愛の力がある。僕達は君達を指導し、
指揮している様に見えるが無味の中に生きている。
君達は愛の庭園で生の要を豊かに生きている。
君達の故郷は地上で僕達のは観念の中に、
君達の危険は感覚に溺れること、僕達のそれは空の中で窒息すること、
君は芸術家で僕は思索家だ、君は母の胸に眠り僕は荒野に起きている。
僕には太陽が輝き、君には月と星が。君は少女の夢を見、
僕は少年を・・・」
何本もの剣で突き刺され、青ざめたゴルトムントはナルチスが気づいて
尋ねた時に消え入る様に言ったのでした。
「あなたの前で今度も泣かなければならない。でも決して僕はそれを自分に
許さないんだ、今すぐに向うへ行って、行って下さい。あなたは怖ろしい
言葉を僕に言いました。」

ナルチスはムント君を苦境に立たせてしまいました。

長かった。端折った所も随分ありますが、ナルチスの最後の方の台詞は
ほぼ全部です。ここの箇所は原文では韻律があって詩の様に
きれいです。






ナルチスとゴルトムント

50年前の今日、ヘッセが神に召されました。
85歳でありました。神の傍らで
あるいは千の風となって今、明日を担う文筆家の
手助けをしているのでしょうか。

「ナルチスとゴルトムント」はヘッセが53歳の時の
作品です。「荒野の狼」から3年後に発表されました。
1930年はドイツのというより世界の苛酷な時代でした。
1914年に始まったWW1(第一次世界大戦)が
1918年に終わり1939年にはWW2に突入する、
その間の時期ですね。
ヘッセは1912年からずっとスイスに住み1962年に
スイス人として(帰化して)亡くなったのでした。

WW1でドイツは敗戦し、ヴェルサイユ条約によって
英仏に苛酷な条件を飲まされました。
多額の賠償金の支払いと植民地返還、ルール(工業中心地)を
領地として取られました。いじめに見えます。
こういう面から見ますとイギリス、フランスは他の国を
手中に治め配下に置くのが上手でしたね。
配下に置かれた国の中からご存じのマハトマ・ガンディーが
出現しました。

ドイツは2つの世界大戦間、失業者続出、ハイパーインフレ
(急激進行インフレ)とにっちもさっちも行かない状態
だったのです。1920年台にアメリカ合衆国が介入し、
ルールをドイツに返し借金の肩代わりをしたのですが
1920年後半ウォールストリートの株価が暴落、
ドイツ手助けどころではなくなったのです。
ドイツも世界も大変な貧しさでした。

フランスがドイツに手加減しておればヒットラーを生み出さずに
済んだかも知れません。1933年、ヒットラーは
ドイツ労働者党、ナチスの首相となりました。
彼等に深い恨みがあるはずの年を召したイタリア人達でさえ、
現われるべくして現われたと評しています。
勿論、彼の50年、60年と語り継がれて来たことは
言語道断の戦争犯罪です。

ユダヤ人(イスラエル人)の長い歴史を見ますと、迫害、虐殺された
ことをご承知と思います。ヒットラー以前に何度かあります。
中世の話である「ナルチスとゴルトムント」にもその話が出て来ます。

ヒットラーは軍資金をどこから手に入れたかというと
バチカンから借金したのです。勿論軍資金として借金したのでは
ないでしょう。遂にはムッソリーニ首相、ヒットラー首相、日本との
ロベルト同盟(ローマ、ベルリン、東京)に至ります。

殺伐とした戦時下の情景が「メルヒェン」「デミアン」「荒野の狼」の
中で伝えられていますね。
余談ながら「荒野の狼」は中学生が読むには早過ぎます。

ヘッセは反戦作家でした。第一次世界大戦中に反戦文を新聞で
発表しました。シラーの詩、ベートーヴェンの第九合唱の冒頭の句、
「おう、友よ、その調べにあらず」を文の冒頭に掲げた
20と幾つかの反戦記事によりドイツから締め出されてしまいました。

1946年に世界は(というか文学界)はヘッセを選びました。
最後の大作と言われる「ガラス玉遊戯」がノーベル賞受賞のきっかけと
なったと言われますが、ノーベル文学賞受賞者は戦争時の
反戦作家である必要があったのでしょう。
賞というのはある意味社交的なもの、政治が絡んでいるものの様ですね。
勿論ヘッセの作品は何たら賞、かんたら賞に左右されるものでは
ありません。受賞という形式的なお祭り事を嫌ったヘッセは
自身、授賞式に赴きませんでした。
でも、ちょっとは嬉しかったと思うのだけど。


ナルチスとゴルトムント その8  

金、銀、銅、1位2位、何とか賞、かんとか賞には
興味がないのですがメダルを獲得した方達のお気持ちを考えると
共に嬉しくなります。3位以外、予選を通過しなかった方達には
エメラルド、サファイアのメダルを差し上げたいです。
お祭り事と関係なく普段スポーツをなさっている方達には
ダイアモンドのメダルを。

ムント君とナルチス君はそうギクシャクばかりも
していなかったのでしょうね。
ムント君はマスを釣った少年時代、朝の陽ざし、咲き匂う花や蝶
仲間のこと、小鳥の鳴き声を真似たり、馬や犬のお話も
ナルチスにするのでした。この場面で生き生きと語るゴルトムントと
楽しげに聞き入るナルチスをいつも微笑ましく想像します。

そんなお話を聞くにつけナルチスは繊細な感受性、豊かに愛する力、
幸福を贈与出きる強い男の、芸術家としての先行きをムント君に
感じるのでありました。
しかしムント君が父さんのお話をする時に、どうしてもお父っつぁんの
イメージがナルチスに湧かないのでした。
ムント君に大きな支配権を持つ重要なはずの父親像が全く
見えて来ないのでした。何故だろう?本当の父親なのかしら?
と考えるナルチス。
ムント君もムント君で「ナルチスはどうして僕を子供扱いするのか」と
知恵を絞って考えるのでしたが、もともと長いこと考えるのは
性に合わないし、結構1日が長いので、仲良しになった
助修士の門衛さんの所へ遊びに行き、ブレスと散歩したり、又 
水車屋の粉引き助修士さんの所で油を売り、目を閉じていても
挽いた小麦粉の種類が分かるのでした。

そういえば少林寺でも小麦粉から饅頭を作って、それが毎日の
主食でしたね。ヨーロッパだとパンですね、
饅頭とパンは兄弟みたいなものでしょう。
イタリアで良い人のことを「パンのような人」と言います。
でも日本では「御飯のような人」とは言いませんね。

円柱の上に動物や荷馬車と共に象られた聖人、祭壇の装飾、
窓や扉の柱頭、そういった石や木で作られた物に惹かれ
不朽なものとして人生の道案内だと感じるムント君なのでした。
もともと人間を愛しているムント君、2人の仲間と元通りになり、
「村へ行く」のを誘われましたが、もう行かず、
編み毛の女の子のことも忘れてしまいました。

ナルチスとゴルトムント その7

「アリストテレスも熱があった時にはおかしな行動を
取っただろう、でも君は熱がなかった、だから
恥ずかしいんだね。何か奇妙な事が起きたのかい?」
「あなたが僕の聴罪司祭ということにします。」
ムント君は頭を垂れて村へ行った夜の出来事を
語り始めました。
ナルチスは笑いながら聞いていて、
「村へ行くことは確かに禁じられているけれど、多くの生徒が
やることだ、君がやってはいけないということもない。
そんなに重大なことなのかい?」
怒ったムント君、自制せず、「あなたは本当に学校の
先生のように話します。僕の良識を圧倒したのは
女の子だったんです。」
ナルチス「神への愛は善への愛ではない。あぁ、そんなに
そんなに単純なものなら!神は戒律の中にいるのではなく
それは神の小さな一部分だ。」
「僕のことが分かってない。」
「分かってるとも、女と性だろう、君が世界、罪と称しているのは。
他の罪は懺悔して償える。この罪だけはそれは出来ない。
エヴァと蛇の話は馬鹿げた童話だ、君は小さな修道院生で
司教でもなければ修道士でもない。美しい女の子の誘惑に
負けたとしても破る誓いは何もない。」
ムント君、興奮して叫びます。
「文書の誓いは何もない!もっと神聖な誓いは僕の中にあるんだ。
どうして分からないの?あなただって誓いの文書も叙階も何も
ないじゃないですか、でも女に触れることを自分に
許可しないでしょう?そうではないんですか?
僕と同じではないの?」
「同じではない。僕のいうことを、いつの日か思い出すだろう、
僕達の友情の目的は僕とは全く違う君を顕すことなんだ。」
ナルチスはきっぱり言うと黙り込んだ。

ナルチスは若く健康な少年の性の目覚めが何に遮られているのか
何にぶつかってうろたえているのか、あれこれ思い巡らす
のでありました。

ムント君は仲間から孤立してしまいました。
仲間が彼から見放されたように見えました。
ナルチスとの友情を誰も快い目で見ませんでした。
排他的な燃えるような友情を、意地悪な人達は
自然に反すること(つまり同性愛)として非難し
他の人達も疑い、誹謗中傷が駆け巡るのでありました。
聖書では確かにそれを禁じていますがね。しかし
修道院の人達は暇ですねぇ。誰が誰と仲良くしたって
いいではないですか。悪口言ってる時間があるなら
神に祈ったらどうですか。私の方が余程
聖なる生活を送ってますよ。

噂話はダニエル院長の耳にまで入りましたのですが
彼はその純粋さから少しも2人を疑いませんでした。
他の教師からもおぼえの良い優れた才能を持ったナルチスは
全ての生徒と等しく正しく接する教師でもありましたので
彼には何も反対することはなかったのでした。
人間観察に関して少々自惚れているナルチスが、
又いつもの如く、今回はゴルトムントに何か差し出がましい事を
言っているのではないかと思うのでありました。

 ※上記の中で修道院の悪口を申しましたが
  小説の中の修道院に悪口を言ったのです。
  クリスチャンの方はお気を悪くなさいませんように。
  もう生きてはおりませんが友人がカリメロ会の
  clausuraクラウズーラ(外出出来ない、面会人と金網越し
  でしか会えないシスター)でした。
  その日課、規律の厳格さはよく存知ております。






ナルチスとゴルトムント その6

ナルチスはムント君に惚れ込んでいたのですが
時折ナルチスが自分を嘲笑するように見るので
何か大きな理由があるのだろうけれど、それが分からずに
ムント君は捕らえられないナルチスとの友情が悲しく
あやふやなものに思われるのでした。

何ヶ月かが経ちましたが2人の間には張りつめた大きな弓
があったのでした。

突破口を開けたナルチス君、
「君がまだ告解(懺悔)出きる叙階を受けていないのが
残念だ。聴罪司祭は喜んで君の告解を聞くだろう、でも
僕は司祭にそれを話す勇気がないんだ。」
慎重に巧妙に話を続けます。
「君は憶えているだろう、君が病気に見えたあの朝を。
君は病気じゃなかったんだね。僕は本当に途方に暮れたんだ。」
「あなたが途方に暮れた?途方に暮れたのは僕でした。
あなたの前で子供のように泣いてしまった、恥ずかしくて僕は
あなたの前にはもう出ないと思ってました。」

2人の会話はdu(君、お前)家族、友達の間で使うの、
で、イタリア語だとtuになります。
ヘッセはduで会話させてます。
高橋健二さんは確かゴルトムントにナルチスに対しては
Sie(あなた)と敬語を使わせていますよね。
ナルチスが先生であることを配慮したのでしょう。
高橋先生、ここ上手です。恐れ入ります。
もっと言うとSie(イタリア語でlei)
leiとtuの間にはvoiという2人称丁寧語がありまして
イタリアの訳者の方はダニエル院長への呼称はvoiと言わせています。
丁寧語としてのvoiは古語でもう使いません。
もう1つ言うと、lei以上の敬語にはEllaがありますが
これももう使いません。
ということを書いてるから先に進まないですね。
でもイタリア語を勉強してる方もいらっしゃるかなあ、と思って。

2人の会話の続きを又近いうちに書きます。



プロフィール

Author:ミルティリおばさん
FC2ブログへようこそ!
イタリアに住むこと30と数年、
猫と2人暮らしのおばさんです。
翻訳フリーランサーです。
翻訳なさりたいテキストをお持ちの場合
メールにてお知らせください。
英語とドイツ語はネイティブ翻訳者との
コラボです。

2011年来、若かりし頃のジャッキー・チェンに夢中です!
お気が向いた時にいつでもいらして下さい。
お気付きの点があったらコメントして下さい。
あなたのお好きなことも自由に書き込んで下さいね!

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