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ベンジャミン・ブリテン 

樋口一葉のカテゴリが音楽です。一葉からブリテンに
続けたかったのですが、一葉さんで一杯になりました。
ベンジャミン・ブリテンはイギリスの作曲家で、
1913年、今から100年前の11月22日に生まれました。
た~くさん作曲したうちの一つ、
Soirees Musicales 夕べの音楽、音楽の夜会という
ロッシーニの12曲の独唱、重唱曲集をブリテンがオーケストラに
編曲しました。オーケストレイションですね。
実はこの曲、多数の音楽家がやってまして、ワーグナーも
この中の1つから「水夫の歌」ですね、やったのですが、
これはリッチ、評判良くないよ。まあ習作だからね。
リストもピアノ曲に編曲、ベルリオーズもオーケストラに編曲。
ブリテンのものが1番コンサートで演奏されるようですね。

ジョアキーノ・ロッシーニ(1792閏年うるうどし生まれ~1868)の
この曲は編曲し易いのかもしれません。ペサロ生まれのロッシーニは、
39曲のオペラをささっと書いた後、44歳でささっと引退、その後
グルメの彼はフランスでレストラン経営を始めます。
彼の「スターバト・マーテル」 「ウィリアム・テル序曲」などは
とても好きですが、まあ、他の音楽もあってもいいな、という感じで
でも気持ちが快活になるのは確かです。
オペラの題材に対する目の付け所は秀逸ですね。機知があります。
「ガゼッタ」然り(これは新聞というそれまでにない題材を使ったという点で)
「セビリャの理髪師」然り、
「アルジェリアのイタリア人」これはアルジェリア、つまりアラブの
断食日を巧みに扱ったオペラで女主人公の機知が要点です。
序曲はとても素敵ですけどね。
音楽は人によって好みがありますので、先ずはどれでもご試聴なさって下さい。

ブリテン行きましょう。オーケストラにした「夜会音楽」 
親しみ易いですし、あるいはお耳になさっているかもしれません。それと
有名所だと「ヘンリー・パーセルの劇音楽アブデラザールからの主題と変奏」
これ「青少年のためのオーケストラ入門」と言われています。
木管、弦、金管、打楽器を別々に鳴らさせてフーガ(追いかけっこ)
にしていまして、曲としても優れています。
 ヘンリー・パーセル(1659~1695)やはりイギリスの重要な
 音楽家です。
1962年初演の戦争レクイエムやはり有名ですね。
私が好きなのは、って個人の好みばかり申して申し訳ないですが
シンフォニー第4番、お聴きになることがあるかもしれません。
アイルランド民謡 「夏の最後の薔薇」(庭の千草)、これは
独唱曲にしてあります。
先ずはどれでもご試聴なさってみて下さい。
尤も読んで下さっている方で私よりも知ってらっしゃる方は沢山いると
思います。

ところで話が変わりまして「ナルチスとゴルトムント」を今年中に
終わらせたかったのですが、無理ですね。
ごめんね、ムント君。いつもあなたのことを考えているのよ、おばさん。
ナルチスとの心ときめく再会、早く再開したいけれど、来年です。
「ナルチスとゴルトムント」の後に、これも畏れ多いのですが
「ディヴィーナコンメディア」(神曲)行ってみたかったのですが
これは2年後ですね。

ゴルトムントさん、恙ない良い日を過ごして下さい。
私のゴルトムント。






たけくらべ

今日は24日でして、昨日は23日、
11月23日は樋口一葉のお命日です。
この日は勤労感謝の日、昔の新嘗祭(にいなめさい)で、私の父母は
新嘗祭と申しておりました。
樋口一葉(本名 奈津)は新嘗祭の日に24歳という
若さで亡くなられました。現代でしたら、まだまだ
少女に毛が生えた位の年ですね。私の24歳も少女に毛でした。
一葉(呼び捨てて申し訳ないのですが、さん、様付けし難い
ですので、畏れ多いことながら一葉にさせて下さい。)
1872年生まれ、
1896年の11月23日に結核で亡くなってしまいました。
24年間に、分けても晩年の2年に満たない間に代表作を
書き綴りました。

1877年生まれのヘルマン・ヘッセは1896年というと
何やらかにやらゴタゴタしていた時で、24歳でやっと
自費出版(共同出版)で自作の本を売り始めた頃ですね。

一葉はその若さを惜しまれ、もっと長生きしていたら、と
言われたりしますが、天命だと思います。その短い生涯に
天が筆を授けてくれたのだと思います。
ヘッセは85歳、亡くなるまで執筆していた、これも天命でしょう。

22歳の時、生活によくよく困った一葉は遊女の町に引っ越し、
遊女さん達の手紙の代筆業をして暮らしを立てました。
世間から見下げられる仕事をしている遊女達の故郷に送る手紙を
代筆しているうちに、遊女さん達の心根の純真さ、優しさを知り、
いわゆる彼女の名作と言われる著名な作品が生まれたのは
この頃です。2年足らずの間に「たけくらべ」 「十三夜」
「大つごもり」 「わかれみち」 「月夜」 「にごりえ」等を
書いたのですね。ここら辺はやはり天才です。天才というのは
天からの恵み、天が彼女に筆を執らせた、というのが私の見方です。

「たけくらべ」は青空文庫でお読みになれるので、是非お読み下さい。
若かったのによくぞ書いた、
あらゆる角度から考えてもよくぞ書いて下さった! 小説です。

個人の好みになりますが川端康成はノーベル文学賞を「雪国」でなく
「伊豆の踊り子」あるいは「名人」で受賞して欲しかった!


日本と世界と

季節の変わり目のような空模様で、雲脚が速い
と思っていましたら、サルデーニャで豪雨に洪水。
家々を破壊したサイクロンは「クレオパトラ」と
名付けられました。温帯性低気圧ではあるけれど
フィリピンを襲った台風とは別物だそうです。
16人亡くなったうちの4人は子供だそうです。
まだ犠牲者は出るでしょう。
エンリーコ・レッタ首相が国家的悲劇とし、緊急集会を
開きました。ラツィオ、トスカーナからは600人の
消防士が出動。
Il Corriere della seraと La7協賛で
「Un Aiuto subito」 という募金受付を始めました。

フィリピンの募金受付は
Save the children, 800988810
Unisef Italia, 800745000
Calitas Italiana などがあります。その他
Telecom, Infostrada に直接電話をすると1エウロから
寄付できます。その1エウロは bolletta に付け加えられます。

本当に大変な事ばかり続きますのね。
木曜日に又天候が悪くなるそうです。
川、海の傍の方は気をつけないと。

今夜も又ご紹介させて下さいね。
「少林寺木人拳」サイトで楽しいブログに出会いました。
全て楽しくて興味深いのですが、ここで一つずつご紹介してますと
それだけで3ヶ月位かかってしまいますので、「木人拳」で全て
御覧になって下さい。その中の1つ、「テジョンのぶつくさブログ」
というのです。日本に住んでらっしゃる韓国の方のブログです。
軽妙な文章で、なかなか面白いです。
日本語上手だねって、当たり前でしたね。
昔、友人から借りて、故つかこうへいさんの「娘に伝える祖国」
という本を読んだことがあります。
お母さんのことをオモニというのは憶えていました。
つかこうへいさんのオモニはさっぱりした楽しいオモニでしたね。
テジョンさんのブログも是非お読みになって下さい。

もう1つ、日本の作家の方のブログで「井沢満ブログ」、
こちらも是非お読みになって下さい。
私の知らないことが沢山書いてありまして、例えば
朴クネ大統領のお父様だった朴チョンヒ元大統領(漢字が出ないので
すみません)は貧しい農村の子供で学校に行けなかった。
日本人が来て強制的に学校に行かせた、ところが大統領は成績が
とても良くて日本の先生は彼を進学させ、
東京の陸軍士官学校までも行って勉強し、
卒業式には日本人もいる中で彼は答辞を読んだのでした。
大統領がいかに優秀だったかは分かりますし、それにも増して
日本人の指導者はあの時代に大変教育熱心であり、学問に対して
公平な、冷徹な、高貴な見方をしていたのだと感服しました。

昔「マカロニ」という伊・仏映画がありまして、イタリア人が
アメリカ、フランス、イギリスに移民していた頃のフランスでの
話です。
父がイタリア、母がフランス人で小学生に通う男の子が同級生から
いじめられる、成績がとても良い子だったのですが、外国人だ、
お父さんが下水道掃除の仕事をしている、そんなことを理由に
いじめるわけです。クラスの先生はよく見ていて、怒るわけでもない、
ただ一言「このクラスに持ち込むのはintelligenza(知識 知恵
知性)だけだ」、と鶴の一言、その確固とした声に学童達は
黙ってしまう。
忘れない、感心したシーンです。

で、手前味噌になります。日本人というのは学問に対する純粋さ、
高貴さがあるのではないかしらね。人に依るのかもしれませんが。

スポーツの秋

伊豆大島が大変な災難と思っていた矢先に
今度はフィリピンに台風上陸、空前の災害に
なってしまいました。
父が生前、台風が来たら国に大型扇風機を用意しておいて
別の方向に台風を吹き飛ばしてしまえたらいい、と
言っていましたが、大島でもフィリピンでも本当に
扇風機で方向変換出きたものなら良かったのに。
と、今更空想的なことを思ってもしようがないですね。
どんな手助けが出きるか考えます。
1日も早くもとの町に、村になりますように。

フィリピンでは1万人もの生命が奪われてしまいました。
学校柔道部では今までに100人以上もの学生さん達が
台風にではなく人間に命を奪われていたのですね。

昔、山下泰裕のファンでした。柔道に詳しくないのですが
試合中もその前後も実に堂々と礼儀正しく、
日本男児ここにありといった強さと純朴さを感じまして、
友人が「あんなつぶれた饅頭を好きになるのでは男に対する
センスがない」なんて私に言ったものですが(まさか山下さん
こんなブログを見てないと思いますが、失礼を平に平に。)

締めた黒帯一生かけて、という歌の言葉の姿三四郎と
姿が重なった昭和の三四郎でした。

しかし三四郎さんは柔道、柔道部があれやこれや言われていた時に
(今でも言われているのでしょうか)
全日本柔道連盟理事、副会長、東海大学教授の肩書きをもって、又
師匠の佐藤宣践(のぶゆき)前副会長と共に何か大きな声を上げて
改革なさるのかな、とそっと期待しておりました。
何かなされば金メダルやトロフィーが一層輝くよ、山下さん、
と思っとったのですがね。
ま、レールの上を卒なく走って来た坊ちゃんでしょう、
ラシュワンや斉藤仁さんに感謝しないとね。なんて思う矢先に
チューブに上げて下さった方に感謝致します。
斉藤選手との山下選手最後の戦いをチューブで見せて頂きました。
試合の後の「斉藤選手に旗が上がっても良かったんだ」という
山下さんの千金の言葉、惚れ直しました。
そして山下も斉藤も若かったのね、ころころして2人とも堂々と
しているけれど可愛いね。
チューブを見せて頂いて思ったのは、山下さんは、斉藤さんもね、
柔道するために生まれて来たのですね。
他のことをやらせるのは酷ですね。

スポーツは楽しんで健康のためにするのが1番! と思っとります。
私は名にし負うスポーツ音痴なのですが、
伊達公子選手に似ていると評判の姪はテニスを楽しんでいます。
伊達公子さんをもう少し丸顔にした、なかなかの美人です。
彼女の美男子の夫も学生時代サッカー選手でして、
彼等の娘の1人は弓道を嗜み、今1人の娘は勉学に勤しんでいます。
ピッチャーをしていた甥は今、少年野球の監督兼コーチをしとります。
彼の息子2人もチームの重鎮で頑張っとります。
美人の誉高い彼の奥さんは学生時代にはアンカーで活躍した
スポーツウーマンです。
もう1人のキーパーしていた甥は、ゴルフなど楽しんでいるようです。
彼の奥さんは何かスポーツするのかな? とても美しい方です。
小さな息子にはこれからサッカーを教えるのかしら。

と身内の自慢話になりましたが、食欲、美術、読書、と、
スポーツの秋ですので、スポーツをお楽しみ下さい。

大島でも、フィリピンでも1日も早く町、村が再興しますように。
1日も早くみんなでスポーツを楽しむ日が来ますように。


ローエングリンとオルフェウス その3

「ローエングリン」は若い時代のワーグナーの最後のオペラと
言われます。ギリシャ神話、エッシェンバッハの中世叙事詩
(中世ゲルマン神話)、ルーカスの文献、グリム兄弟の作品
などから物語を抽出し、(つまりゴッタ煮ですね)
ゴッタ煮の煮物から自分の汁味を創り出しました。
で、名うての料理人ワーグナーはどのように調理したかというと、

3幕に仕分けして、先ず第3幕から作曲し始めました。
次に第1幕、その後第2幕、最後に前奏曲と、この順序で
作りました。
この曲以前には彼のオペラも番号制を取り入れていました。
アリア、重唱、合唱などに全て番号を振って一つ一つを区切った
もので、番号オペラと言われていますか。
1曲アリアを歌い終わると「ブラーヴォ」、重唱が終わると
「ビース、ビース」、これが又いいのですが、ちょっと
邪魔な時もある。ローエングリン、タンホイザーから以降は
全一幕拍手に途切れないので少々疲れますが、集中して観る事が
出きます。

ブラバント公国を継ぐべきエルザとその弟ゴットフリートは
まだ若いゆえ、ハインリッヒ王が伯爵のテルラムント
とその妻のオルトルートに保護を言いつけます。
ところが弟ゴットフリートは行方知れず。
エルザと森へ行った時にいなくなってしまったのです。
エルザが殺害したと罪を着せられています。
王はエルザを非難するテルラムントとエルザに剣によって
神の裁断を受けるかと尋ねると2人は承諾する。

そこへ白鳥に導かれた船に乗って、河に現れるたのが謎の騎士、
実は円卓の騎士(cavaliere della Tavola rotonda) の息子
パルシファルの息子で、エルザに味方する。闘いに挑む前に
「自分が勝ったらエルザと結婚する、しかし決して自分の名と
出自を尋ねてはいけない」という旨をエルザに承諾させます。
騎士はテルラムントを負かす、が生命は助けました。
エルザは晴れて無罪となりました。
が、テルラムントとオルトルートは白鳥の騎士の名前と素性を
聞けとエルザを唆します。彼女自身知りたい欲望に耐え切れなくなり、
婚礼の晩に遂に尋ねてしまう。その時、
テルラムント及び一味の者が侵入して来るが、騎士は一刀のもとに
切り捨てる。
王の前に出た騎士は名と身分を明かす。
「我こそは遠から者は音に聞け、」 戦いはもう終わってますよ。
「我こそは遠き国で聖杯を守るパルシファルの子、
ローエングリンじゃ!」
エルザ一同「ヒョエーッ!」
「身分を明かしたから、もう私の神通力は消えてしまった!
あと1年勤めを果たせば人間になれたものを!」
とローエングリンは船でどこぞへか去って行く。
彼を連れて来た白鳥は実はオルトルートの妖術で姿を変えられていた
エルザの弟、ゴットフリートでした。
弟は人間に戻りました! でもローエングリンが行ってしまった。

第3幕の始めの合唱曲「結婚行進曲」、これはよく耳になさる
音楽でしょう。ワーグナーはこの曲から創作し始めたのですね。
メンデルスゾーンの「結婚行進曲」と共に有名ですね。
リッチは合唱を有効に使っとります。ウェディング・コーラスも勿論、
第1幕2場、フィナーレ、など筋の運びに加わるか、劇に反応する
聴衆の役割をしています(ギリシャ劇のように)
コーラスの重要性、合唱効果をグルックの「オーリドのイフィジェニー」
から学びました。でもリッチ、彼はユダヤの人だよ。
(それは又、別の折にね)

王様登場の際には4人の天使が特別あつらいのトロンボーンを吹き
鳴らします。アイーダ凱旋行進曲では特別仕立ての(管をまっすぐにした
長い)トランペットを吹き鳴らしますね。
ライトモティーフも又有効に使われとります。「禁じられた問い」の
モティーフなどですね。
作曲が最後になった前奏曲は、耳になさることがおありでしょう。
主題を並べた壮大なソナタ形式です。

童話風なお話ですが、ローエングリンは聖なる愛を、エルザは人間の
弱さを表わしているのだそうです。そしてリッチは芸術家の深い孤独と
精神の中の天上の輝きをローエングリンに託したのでありました。

「俗世を離れた孤独の世界、至上の、限りなく広い光輝く世界に
類稀な快楽と躍動する精神の理想とが波打っている。」
ボードレールがこのオペラを評した言葉です。




ローエングリンとオルフェウス その2

オルフェオはイタリアの呼び方です。
17世紀のヴェネツィア学派モンテヴェルディの「オルフェオ」は
古いオペラ(後期ルネッサンス)の頂です。
ほんに沢山の作曲家がオルフェオを書いとります。
中でもモンテヴェルディとグルックのオルフェオが有名でしょう。
グルックの「オルフェオとエウリディーチェ」の初演は1762年、
ウィーンでした。
神話の内容とは少し違っていて、黄泉の国から地上への件(くだり)で
エリがせっせと前へばかり進み自分を見てくれないオルフィーを疑い、
「あんた、もう私を愛してないんでしょう、それなら又私は黄泉に戻る」
と責め立てる言葉にたまらずに振り向いてしまう。
筋書きが2本用意されていて、そのままエリを失う、
この時のアリア「Che farò senza Euridice?」 
「エウリディーチェ失くして何をしよう?」 この曲に最高の評価を
与える人もいます。
今1つの筋書きはそこへアモーレが現れてエリを蘇らせます。

イタリア・オペラのメロディーの外面的な魅力を捨てて、内面の泉を
美しく湧き立たせた、ということにより革新的なオペラと言われます。
古代ギリシャの彫像のように落ち着いて調和に満ちたオペラ
とも言われます。モンテヴェルディとグルック、
どちらも聴く価値ありのオペラなので是非お聴きになってみて下さい。

グルックはフランス王妃マリー・アントワネットの少女(王女)時代に
声楽を教えていました。後、王妃はグルックの手助けをします。

時に日本でのオペラ初演は1914年。グルックの「オルフェオ」が
森鴎外の訳しで歌われました。確か三浦環さんがエウリディーチェを
歌ったはずです、って言っても彼女の名前知ってる方、
いらっしゃるのかな。

オルフィーが竪琴を携えた姿、あるいは妻のエウリディーチェと共に
歩く姿など多くの画家が描きました。ジョン・ダンカン、レヴィ、
コローなど。
悲劇の最後を遂げた彼の竪琴は天上に飾られ、琴座となりました。
べガ(織姫星 1等星)と共に輝く平行四辺形の星座です。

見てはいけない、振り返ってはいけない、と禁止されているのに
何故見るのかな、と昔は不思議でしたが、その後
何故そういう理不尽な禁止条令を出すのかが不思議となりまして、
これは他者の誠意を試しているのだと自己納得致しました。

イヴも禁じられている無花果を食べた挙句、アダムにも食えと勧める。
同じく創世記でロトの妻が振り返るなと言われていたのに、
ソドムの町を振り返り塩になってしまう。

ローエングリンは妻となる恋人エルザに、決して自分の名前と
素性を尋ねるなと禁ずる。これは理不尽ですね。
氏素性の分からない人と誰が結婚しますか。
このお話はメルヒェンだから、それもありなのでしょうね。




ローエングリンとオルフェウス

高天原に五柱の神々がお生まれになった後に、
イザナギ(伊邪那岐神)とイザナミ(伊邪那美神)が
お生まれになりました。男と女の神様です。
お2人は天の浮橋に立って沼矛で、油のように漂う国を
かき回すうちに、滴る雫が積もってオンゴロ島になりました。
お2人はそこに下りて結婚し、14の島々と35柱の神を産みます。
最後に火の神を産んで火傷したイザナミは亡くなり
黄泉の国へ行ってしまいました。
イザナギは大変悲しんで妻の後を追って黄泉の国に出かけます。

「戻っておいで、お前がいなければ私は生きて行けないよ。」
「あなたと共に参りますから、そこへ行くまで決して私を
見ないでね。」
待っていたのですが、待ちくたびれたイザナギは
「何をしているのだろう?」と妻をそっと覗きに行きます。
ヒョエ~ッ! わ、私の妻は恐ろしい姿になっている!
こ、怖い!
「見るなと言うたに何故見たんだ? 裏切り者め!」
イザナミは逃げる夫を醜女と共に追いかけます。
「待てーっ!」
「うわぁ、助けて!」
やっとこさっとこ黄泉の国と神の国との間に大きな岩を置いて
逃げ出しました。岩の向うでイザナミが
「お前の処で生まれる子供を毎日千人ずつ亡き者にしてくれよう」
「ならば私は千五百人ずつ生んでくれる」

ここまで来ると、これは悲劇でなく喜劇ですね。
西洋にも似た話がありますが、日本の神話、古事記は
楽しいと言ったら言い過ぎですが、滑稽さがありますよ。

エロス(キューピッド、神)とプシュケー(人間の女性)、
ローマ神話ですが、夫婦になった彼らの間にも見てはいけない、
という禁断が存在します。夜、エロスの寝顔を決して見てはならない、
禁止事項に反してプシュケーは見てしまいます。
この話は最後はめでたし、です。

ギリシャ神話のパエトーンはアポローンの息子でした。
オルフェウスも又アポローンの息子でした。
オルフェウスの場合は父さんが2人、オイアグロスという説も
あります。母さんはミューズ(9人の芸術の女神)の1人である
カリオペです。
従ってオルフィーは音楽の達人、竪琴の達人、いえ、達神ですか。
竪琴を鳴らしながら詩を歌えば、神も人も魅せられ、小鳥も石ころも
彼の後を追い、川の水も流れを止めてその詩に聴き入ったのだ
そうです。
ある日エウリュディケ(妖精)に恋をしました。
結婚したお2人は仲睦まじく暮らします。所が、エウリュディケは
毒蛇に噛まれて黄泉の国へ行ってしまいました。
嘆き悲しむオルフェウス、
「そうだ! エリを取り戻しに行こう!」

黄泉の国の王ハーデスは「エリを連れて帰れ、しかし1つだけ守れよ、
地上に着くまで決して彼女を振り返ってはいけない。
2度まではわしはお前の頼みを聞けんぞ」
エウリュディケは彼の後からついて来るのですが、
背後に妻の気配が感じられない、「おかしいな、本当について来てる
のかな?」疑惑がオルフィーの中に膨れ上がります。そして、
とうとう地上にもう1歩という所で振り返ってしまった。
エリはいた、でももう彼の手には2度と帰らなかった。

オルフェオとエウリディーチェ、
多くの作曲家がこの話をオペラにしています。
ペーレの「エウリディーチェ」は、フィレンツェで
メディチ家のマリア姫とフランスのアンリ4世の結婚祝いの為に
上演した、最古のオペラです。
結婚式祝オペラですからオルフィーとエリは何事もなく地上に戻り
めでたしめでたし!です。
ストラビンスキーのバレー曲「オルフェオ」
リストの交響詩「オルフェオ」
「黒いオルフェ」という映画もありますね。
随分モテるのね、オルフィー。

書き切れなくなりました、又明日ね!
おやすみオルフィー。

プロフィール

Author:ミルティリおばさん
FC2ブログへようこそ!
イタリアに住むこと30と数年、
猫と2人暮らしのおばさんです。
翻訳フリーランサーです。
翻訳なさりたいテキストをお持ちの場合
メールにてお知らせください。
英語とドイツ語はネイティブ翻訳者との
コラボです。

2011年来、若かりし頃のジャッキー・チェンに夢中です!
お気が向いた時にいつでもいらして下さい。
お気付きの点があったらコメントして下さい。
あなたのお好きなことも自由に書き込んで下さいね!

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