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菜の花の沖

近年、思いますのは司馬さんは、
(本名は福田定一 1923~1996)司馬遷からは
遼遠だということで遼太郎にしたのだそうです。
想像で物を言って大変申し訳ないのですが、
彼は戦時中に軍隊で上官から苛められ、とても嫌な思いを
したのではないですかね。
人間社会は力関係で成り立っているので、日本の若衆宿だけ
ではなく、苛めはどこにでも存在するのが現状です。
日本の歴史は一流だと言いつつ、大東亜戦争に関しては
日本に対して否定的です。

それはそれ、彼の描く男はまことに魅力に溢れています。
勝海舟、竜馬、高杉晋作、河合継之助、土方歳三、岩崎弥太郎等々。
殊に「菜の花の沖」の高田屋嘉兵衛は私の感想文には余りますので
ご一読をお薦めします。もうご存じの方もいますでしょう。

嘉兵衛はいつも浄瑠璃(歌舞伎や文楽)の本を携えていたそうです。
当時武士は謡曲、町人は浄瑠璃であったそうです。

嘉兵衛は菜種油を生活の資源にしていた淡路島で、
貧しい農家に生まれました。菜の花の沖も沖、
その又沖のオホーツク海まで行こうとは、
想像だにしていませんでしたでしょう。
網屋さん(網元)の娘おふさと結ばれ、兵庫の廻船問屋で働き、
炊(かしき)から水夫(かこ)へ、やがて自分の船を持ち
廻船商人として、蝦夷地(北海道)開拓に乗り出し、
択捉島までの航路を造ります。

丁度その頃に毛皮を求めていたロシアが南下し、幕府に食糧を
求めますが、鎖国をしていた幕府はこれを拒否すると報復のやり合いが
始まります。ディアナ号艦長のゴローニンが捕えられると、
国後で働いていた嘉兵衛は突然ロシア船に捕えられカムチャッカに
拉致されてしまいました。副艦長のリコルド(いこるつ)は
ゴローニンの消息を知りたかったのです。

いこるつと嘉兵衛の間にはロシア人通訳の男の子がいたのですが、
やがて通じない言葉に反して彼等の心は結ばれて行きます。
ディアナ号で友情が深まります。
マストのある高見台に上り、「上陸させろ、さもなくば腹を切る」
と言う嘉兵衛にリコルドが折れ、商人嘉兵衛は幕府を相手に
人質交換に成功するのです。
ゴローニンは生きていた! 賑わう船上の乗組員達に一言「あばよ」
と。遠ざかる嘉兵衛に一斉にみんなが叫びます、
「ウラア、タイショウ!」
涙にまみれて嘉兵衛も叫びます、「ウラア、ぢあな!」
ぢあなってディアナ号のことです。

根室の金毘羅神社には嘉兵衛の銅像が建立されています。
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