08
1
2
3
4
5
6
7
8
9
10
11
12
14
15
16
17
18
19
20
21
22
23
24
25
26
27
28
29
30
31
   

Ridente la calma

敷島の大和心を人問わば 朝日に匂う山桜花
                   本居宣長

この歌から採りました、敷島、大和、朝日、山桜。
志願兵によって編成された4隊の名前です。
1944年秋、レイテ海戦ですっかり消耗した日本軍は
やむなく零戦に250キロの爆弾を抱かせて敵艦に体当たりの
特攻隊戦法を立案したのです。

読む機会がないのですが、百田尚樹さんの作品「永遠の0」は
この時の話で、詳しく書かれているかと思います。

死を覚悟した若者達は九州、鹿児島から旅立って行きます。

志鳥栄八郎さんの話で憶えていますのは、この時、旅立たせる側の
話です。ある病院長がレコード屋さんでレコードをあさっていたら
陸軍少尉がベートーヴェンの「第五番 運命」を探していた。しかし、
レコードなど碌にない時代なので、店にはない、のを傍で聞いていた
病院長が「それなら家にあるよ」と、招いて、「運命」とシューベルトの
「冬の旅」を聴かせて上げたそうです。明くる日、少尉は戦闘機で
旅立ちました。

この病院長の、市役所に勤める友達で、特攻隊員の世話をしていた
人がいた。毎晩、建軍飛行場にレコードを持って行って、特攻隊員の
方達にレコード・コンサートを開いて上げたのだそうです。
1番人気があったのは、モーツァルト、2番目がベートーヴェン、
3番目はシューベルトであったそうです。

モーツァルトは貴族達から委託された音楽を創っていた、その生活は
褒められたものではありませんでしたが、彼の音楽は晴れやかで
澄み切っている。「アマデウス」でサリエリとの最後のやり取りのように
筆が恐ろしく速かった。

Ridente la calmaは、小さな歌曲でモーツァルトが作曲したかどうか
定かではありませんが、大変モーツァルト的です。
いや実際彼かもしれない。彼だとしたら若い頃の作品でしょう。

静寂が微笑み
心に湧き上がる
苛立ちも不安も
抱くなかれ

小さな曲ですが、涅槃の境地を知っている歌手が歌えば
すばらしい曲です。

美しく桜の花のように散って行った特攻隊員の方達に、、、、、
捧げます。
貴方達は今日の日本の礎です。



Secre

プロフィール

Author:ミルティリおばさん
FC2ブログへようこそ!
イタリアに住むこと30と数年、
猫と2人暮らしのおばさんです。
翻訳フリーランサーです。
翻訳なさりたいテキストをお持ちの場合
メールにてお知らせください。
英語とドイツ語はネイティブ翻訳者との
コラボです。

2011年来、若かりし頃のジャッキー・チェンに夢中です!
お気が向いた時にいつでもいらして下さい。
お気付きの点があったらコメントして下さい。
あなたのお好きなことも自由に書き込んで下さいね!

最新記事

最新コメント

最新トラックバック

月別アーカイブ

カテゴリ

リンク

メールフォーム

名前:
メール:
件名:
本文:

検索フォーム

RSSリンクの表示

リンク

ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる

QRコード

QR