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ドビュッシーのローマ滞在

クロード・ドビュッシー(1862年8月22日~1918年)
今年生誕150年です。おばさんの好きな音楽家でして、
お話することが山ほどあるのですが、23、4歳の頃の
ローマ滞在に絞らせて頂きます。
ローマ賞を2度受賞し、3度目でローマ大賞を受賞し、
(ローマ賞というのはフランス国家から与えられる賞で
2、3年間ほどローマのヴィッラ・メディチに滞在して勉強
出きるのです。17世紀からあったそうで、音楽もそこに
加わったのは1803年で今ではもう存在しません)
ドビュッシーの当事は審査員長がグノー(1818~1893、
シャルル・グノー、バッハの平均律クラヴィーアに載せた
アヴェ・マリアが有名ですか)でした。
カンタータ「放蕩息子」で1等賞となるも、何故かあまり
ローマに来たがらず延び延びにしていました。
親しかったヴァニエ夫人と離れたくなかったのかも知れません。

まあ、でもやって来ましたよ。ヴィッラ・ボルゲーゼの
ヴィッラ・メディチに。(メディチ家の別荘、お屋敷)
「ヴィッラ・メディチに着いた時、私は私自身を古代の神々の
寵児だと信じた」 しかし少し経つと天候と旧友達への不満
ばかり言い出す彼。彼等は堅苦しくて身分に打ちのめされている、
と。そこは国際的なホテルで自由な学校で兵営のようだと。
「ローマ賞制度をけなすつもりはないですが、」とか
「ローマのすばらしさにも拘らず、僕には大きな牢獄のように
思われ、」なんてヴァニエ氏に手紙でさんざん愚痴ります。

働いて節約してやっと憧れのイタリアにやって来たヘッセに
比べると大分贅沢に見えますけどね。ヘッセは北から入って
トスカナ、ウンブリアまでを旅行した。
幸福な旅行だったと思います。

クロード君、幸いに知り合いがフィウミチーノの別荘を貸してくれて
大好きな海を心行くまで眺めることが出来ました。
フィウミチーノというのはフィウミチーノ空港(レオナルド・
ダ・ヴィンチ空港)のある所です。海も近くにあります。
後年、交響詩「海」を創る下地になったのかもしれません。
おばさんのお薦めです。
「海」 それから「ペレアスとメリザンド」から第2幕2場の後の
間奏曲。続いて第3場。海の風景です。
交響詩「海」は葛飾北斎の「神奈川沖波裏」からインスピレーションを
受けたとも言われています。

パレストリーナ、ラッソのミサ(対位法音楽)に感動し、
ミケランジェロに圧倒され、オルヴィエトの大聖堂はシニョレッリの
「公審判」に驚嘆したそうです。

留学作品として書いたのは「ズュレイマ」「春」でした。
ドビュッシーお薦め品を挙げておきますので、お時間と
興味がありましたら是非どうぞ!

管弦楽曲
神聖な舞曲と世俗の舞曲(ハープと弦楽器)
牧神午後への前奏曲

ピアノ曲
ベルガマスク組曲(月の光など)  版画  子供の領分
映像第1、第2集

サティ(エリック・サティ 1866~1925)の
3つのジムノペディをドビュッシーが管弦楽に編曲
 ジムノペディ1曲目は日本でもイタリアでも御馴染みで
 コマーシャルBGMにもなっていますね。

勿論他にも沢山の曲があります。私よりももっとご存知の方も
いらっしゃると思います。
Secre

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Author:ミルティリおばさん
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イタリアに住むこと30と数年、
猫と2人暮らしのおばさんです。
翻訳フリーランサーです。
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英語とドイツ語はネイティブ翻訳者との
コラボです。

2011年来、若かりし頃のジャッキー・チェンに夢中です!
お気が向いた時にいつでもいらして下さい。
お気付きの点があったらコメントして下さい。
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